わが名はユダ |
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作家 | E・R・ジョンスン |
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出版日 | 1983年02月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2019/06/29 03:51登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことジェリコ・ジョーンズは自分の情婦を寝取った弟分を処罰し、その結果5年間の刑に服して釈放された男。だが当年34歳のジョーンズの正体は「ユダ」と呼ばれるマフィアの殺し屋で、当局は現在もなおその事実を知らなかった。つい今しがた自由の身になったばかりのユダは、余命ひと月の重病であるマフィアの老ボス、トニー・カンドリに呼び出され、ある用向きを頼まれる。それは縄張り争いで揉めている町カンザス・シティで、少し前に行方不明になったカンドリの息子の若きマフィア、ジョニーの捜索だった。先に同じ町でユダの幼なじみブラッキー・ショウが何者かに殺されたこともあり、ユダはそちらの調査もかねてカンザス・シティに乗り込む。そこで彼を待っていたのは、硝煙と裏切りの連続だった。 1971年のアメリカ作品。作者E・R・ジョンスンは1937年生まれ。27歳の時に殺人強盗(第一級殺人罪)で懲役40年の刑罰を受けながら、獄中で小説を執筆。1968年の処女作『シルバー・ストリート』が同年度のMWA新人賞に輝いた。日本でも数冊の翻訳があるが、当人は60歳ですでに逝去している(釈放後の死亡が獄死かは、英語wikiを読んでも読み切れなかった)。いずれにしろ相応の服役歴のあるチェスター・ハイムズやジョセ・ジョバンニを上回る、異色の経歴の作家だったことは間違いない。 それで本作の設定&ジャンル分類はノワールもので間違いないのだが、筋立てそのものは(巻末の訳者あとがきで翻訳担当の隅田たけ子が語る通り)カンザス・シティに乗り込んだ一人称視点のユダが、行方不明の青年ジョニーの行動の軌跡を探り、関係者から情報を得ていく正にハードボイルド私立探偵小説の定石。アクションやサスペンスも相応にあるが、全体的に良い意味で地に足のついた作風である。 この物語の流れに加えて、そもそも主人公自体が暗黒街や地元の警察にとって危険度100%の存在なので、本編の流れには常に一定の緊張感が宿っている。ドライで抑制の効いた文体も、物語が安い情感に流れそうなところで随時手綱を引き締め、ノワール・ハードボイルドとして実にいい味を出している。特に主人公ユダと、彼が成り行きから窮地を救うことになった売春婦の娘コニー・ハントとの距離感は鮮烈な印象を残した。 ミステリとしての決着も練られたものであり、終盤のツイストが鮮やかに決まっている。 必ずしも敷居の低い作品ではないが、小説を読む楽しみを改めて実感させ、翻訳ミステリファンとしても二年に一冊くらいはこういう長編に触れておきたいと思うような、そんな秀作。この作者のほかの翻訳作品も、そのうち手にとってみたい。 |