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ミステリの祭典

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歌と死と空

作家 大岡昇平
出版日1962年01月
平均点4.00点
書評数1人

No.1 4点 人並由真
(2019/06/27 18:04登録)
(ネタバレなし)
 昭和35年7月18日。27歳の中堅流行歌手の有本晶子(しなこ)が、睡眠薬を呑んで死亡した。過去にヒット曲を続発した晶子だが、最近は活躍の場も減り、人気の衰えを悲観しての自殺と思われた。だがそれからちょうどひと月後の8月18日、さらにまた9月18日。晶子と関わりのあった芸能界の関係者が相次いで殺される。そしてその殺害現場の周辺では、晶子の特徴のある歌声が流れていた……。

 作者の処女ミステリ長編『夜の触手』に続く長編推理小説第二弾で、新聞小説として連載されたのち、カッパ・ノベルスで書籍化された。
 私事になるが、実はこのカッパ・ノベルス版、今は亡き父親の蔵書にあった思い出があり、今回もそれゆえAmazonでこの元版の古書を入手して読んだ。題名自体もなんか昔からロマンチックな感じであり、いろんな意味で相応になんとなく思い入れのあった作品なのだが……うーん、ダメでしたな。
 
 虚飾にまみれた芸能界を舞台に、ウールリッチの二大傑作『黒衣の花嫁』『喪服のランデヴー』を思わせるような連続復讐譚の枠組みの中でフーダニットが進行する……と書けば、まあその趣向自体にウソはなく、すごく面白そうなんだけど、感情移入できる主人公が最後まで不在なくせに、多数の登場人物の叙述は散漫(人格的にいやらしい人間が多い上に、描写上のカメラも悪い意味ですごく奔放に切り替わる)。読みにくいことこの上無かった。
 それで最後に明かされる真相&物語の結末も、いや、通例ならばそういう事態に至る前に、もう少し警察はまともに動くでしょ? 少なくとも捜査線上に名前の挙がっている関係者の面通しの類くらい、何かしらの形でやるよね? という疑問が生じたのだが、その辺にまるで応えていない。
 読者は作者の並べた作中の現実の事象のこまぎれに付き合わされ、最後に実はこんな真相だった、と語られるだけだった。これでは良い評価はあげられないだろう。
 あと、毎回の殺人の現場に犯人が持ち込んだあるガジェットがあまりにチープ。こんなものを事件の関係者の側に持って行って、張り込んでいる警察の捜査陣から職質でも受ければ一発で犯行が露見してしまうと思うのだが、これはそういう危機感以前の問題のような。

 昭和の読み物文化としては、読者のみなさんの憧れる芸能界は実は汚濁にまみれた世界で、女性歌手は枕営業と足の引っ張り合いにかまけ、歌番組やレコード業界の裏方はオンナのつまみ食いと収賄を当たり前にやってるんだと告発小説を書いて、それでことが済んだのかもしれないけど、とても21世紀に残る作品ではなかった。カッパ・ノベルスの裏表紙の結城昌治の推薦文の一節「警察の捜査活動や歌謡曲界の内情なども綿密に調べてあって」というのもどこかむなしい。
 まあ昭和30年代の風俗描写の数々だけは、それなりに楽しかったけれど。

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