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ミステリの祭典

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ハイ・シエラ

作家 W・R・バーネット
出版日2003年02月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/06/22 04:15登録)
(ネタバレなし~途中までは)
 伝説のギャング、ジョニイ・デリンジャーの一味の若手として、無期懲役刑を受けていたロイ・アール。37歳になった彼は特赦で釈放されるが、実はそれはベテランの犯罪プランナー、ビッグ・マック・マガンのお膳立てによるものだった。金庫破りの大仕事を企むマックは、20代前半の強盗チームを指導・統率する役割にロイの技量と経験を必要としていた。ロイは、若者の強盗チームの中に若い美人娘=娼婦のマリイ・ガーソンがいることを仲間割れの火種にならないかと警戒するが、それでもマガンの依頼を受けて計画を進める。だがそんなロイは、貧しい元農場主の老人ジム・グッドヒュウとその一家と知り合い、そしてジムの美しい孫娘ヴェルマに心を惹かれてしまう。ロイは、足に障害があるヴェルマのためにマガンを通じて整形外科手術の心得がある人物ドック・ベントンを呼び、彼女の治療を図るが……。

 1940年のアメリカ作品で、翌1941年にボガート主演で公開された映画『ハイ・シェラ(別題「終身犯の賭け」)』(映画の邦題は「~シェラ」表記)の原作でもある古典的ノワール小説の名作。作者バーネットは1929年の『リトル・シーザー』以降、20作近くの長編ミステリを上梓したが、本書はその代表作のひとつとして知られる。
 評者は十年以上前に映画版は先に観ているが、クライマックスのシーンが印象的なほか、大筋は原作と同じようなものの、部分的に細部の描写の比重のかけ方が原作と違っていたような記憶しかない。そういう意味では大枠はほぼ知っていたものの、相応に新鮮な気持ちで今回楽しめた。

 中年というにはまだ少し若いが、それなりにトウの立った犯罪者の主人公がかたぎの身障者の娘に肩入れし、力になってやろうとするというのは日本のヤクザ映画なんかにいかにもありそうな作劇で、それだけ書けばまんまヒギンズの『死にゆく者への祈り』だな、という王道パターンだが、本作の主人公ロイの方は100%無償の思いで若い娘ヴェルマに尽くそうと考えているわけではなく、もしそれが叶うなら年の相応に離れた彼女に自分が傾けた苦労や尽力のほども認めてもらい、恋人関係にも夫婦にもなりたいという正直な本音がある。
 つまりロイは煩悩から身を引いた聖人的な主人公では決してなく、愛情の駆け引きとしての慈善をちゃんと計算に入れながら行動している。
 人によってこういう主人公の心根をどう取るかはわからないが、個人的には嘘偽りのないきれい事抜きの本音だからこそ、そこが却ってリアルでいい。ドライかもしれないが、ある種の人間味があっていいとも思う。
 ただし……。


(以下、しばらくネタバレ注意)
 結局、若い美少女ヴェルマの障害を治してやって、そうやって愛情表現をしていれば、いずれ相手は自分になびくだろうと思っていたロイだが、実はヴェルマには故郷に同年代のかたぎの恋人がおり、ロイのことは良いお兄さん分くらいにしか思ってなかった。それで足を治してもらったのち、はっきりと正直にわたしはあなたのことをナンとも思ってなかったというヴェルマの言葉にロイはショックを受ける。
 ……このへんがまあ、21世紀の小説として読むなら、そこまで尽くしても自分に鼻もひっかけてもくれない小娘になおも入れ込み続けるオトコ主人公の方が精神的に幼い、と評価されちゃう。読み手としてはあまりに不器用な恋愛観に不満を覚えてしまうのだが、その辺はまあ1940年作品のクラシック。
 そもそももしかしたらこの作品『ハイ・シェラ』そのものが、のちに続くこの手の作品(ヤクザ者が堅気の娘に肩入れもの)のオリジンのひとつになった可能性もあるかもしれんし、物語の組み上げ方を責めるには及ばないんだけど、一方で今の目で見るとモヤモヤするのは事実。
 まあその分、もう一人のヒロインのマリイの方が、ちゃんとメインヒロインとしての立ち位置を確保されるのだが、本当なら、そもそも相手のオンナの本質も前もって確認しようともせず、娼婦のズベ公(容姿も心根も可愛いけれど)よりも、堅気の美少女ってだけでヴェルマの方に目を向けてしまったロイが悪いという判定をダメ押しするばっかである。
 まあ本作は小説としてもクライムミステリとしても、多彩な登場人物のからみ合い、良い意味でのお約束パターンの作劇の網羅、さらにはわずかな運命のボタンのかけ違いが重なって、その結果、事態が致命的に歪んでいくサスペンス……などなどで、21世紀の今読んでも充分に面白い作品ではあるのだけれど、一方でそういう主人公の三角関係? 的な部分で一種の古さを感じてしまったのも正直なところであった。
(ここでネタバレ注意は解除)



 以前に『リトル・シーザー』も読んでしっかり楽しめたし(『アスファルト・ジャングル』は大昔に買った翻訳本が見つからない~涙~)、作者バーネットは筆力そのものは間違いなくありそうな書き手なので、他の作品が翻訳されればいくらでも読みたいとは思うんだけれど。

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