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ミステリの祭典

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三浦岬「民話」殺人事件

作家 宮田一誠
出版日1987年03月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/06/17 18:27登録)
(ネタバレなし)
 神奈川県三浦半島の東端で、ある男性の腐乱死体が見つかる。死体は「阿川」と記された名刺を持っていたが、その素性は不明なまま日数が過ぎる。かたやこの事件を取材した地方新聞「神奈川新報」の28歳の記者・阿川肇は、くだんの死体がもしかしたら19年前に行方不明になった父・万平ではないかと疑念を抱く。二十数年前の阿川家にはある日突然、万平がいずこからか女児の赤ん坊を引き取り、小学生の肇はその子を義妹「すまる」として慈しんだ。だが後になると、そのすまるは、実は父がどこかから誘拐してきた子供ではないかと思い当たるフシがあった。さらに父の失踪の直前、すまるもまたどこかへといなくなり、万平は息子に、お前の妹すまるは死んだと無理矢理に納得させようとしていた。死体は父なのか? そして妹すまるは本当に死んでしまっているのか? 改めて過去から現在までの軌跡を追い掛ける肇の前に、神奈川県内での文化振興企画「かながわのむかしばなし50選」にからむ不正疑惑、さらには意外な昔日の悪事が浮かび上がってくる。

「書下ろし長編サスペンス推理」と銘打たれた社会派ミステリ。作者の宮田一誠は、第一回「幻影城」新人賞の小説部門にて、推薦新人枠で受賞した作家「宮田亜佐」の新たなペンネーム(ちなみにこの第1回目の佳作入選~小説デビュー~が、泡坂妻夫と田中文雄、宮田と同じもう一人の推薦新人が筑波耕一郎である)。
 評者は宮田亜佐名義の唯一の長編『火の樹液』(1978年)はまだ未読だが、それからほぼ10年後に再デビューとなった本作の方を、興味が湧いて先に読んでみた。
 
 タイトルだけ見るといかにも昭和の二線級パズラーっぽい作品のようだが、実際の内容は、ジャケットカバーの折り返しに「郷愁あふれる中に、権力の腐敗を鋭く抉った渾身の書下し長編」とある通り、むしろキーパーソンとなる行方不明の父・万平の過去にからむ神奈川政界の暗部、さらにはその周辺の文化組織や財界の腐り具合の方が主題。ぶっちゃけて言えば通俗の社会派ミステリで、民話(現代の創作民話)という物語モチーフもプロットに導入する狙いはわかるが、いまいち効果を上げてないのでは? という印象もある。
 あと謎解き要素は実際にはほぼ皆無で、過去の悪事の真実は、悪人当人や犯罪関係者の回想や心情吐露を通じてどんどん明らかになっていく。ある意味で、探偵役目線での謎解きストーリーにこれだけまったく色目を使わない割り切り方はスゴイな、とも思った。

 ただまあ、まったくダメダメ作品かというとそんなこともなく、悪役となる政界の大物(特に師弟関係の二人)の徹底したゲスっぷりは突き抜けた快感もある。背徳の欲望からのダマし合い、足の引っ張り合いのドラマはこれはこれで楽しく、タマにはこーゆーのも面白いな、という感じであった。

 ネタのまとめ方はよくないし、生煮えの部分も多い作品なんだけど、ある種の熱量は感じられたのも事実。気が向いたら他の長編もいつか読んでみよう。

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