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ミステリの祭典

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血まみれの鋏

作家 ブルーノ・フィッシャー
出版日1957年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/06/16 01:51登録)
(ネタバレなし)
 アメリカはコネティカット州の一角、ジョーバーグの町。「私」こと、土地の化学製品会社「ジョーバーグ・プラスチック社」に勤務する青年科学技師レオ・エイキンは、自宅から妻のジュディスとその実姉で同居人でもあるポーラの姉妹が突然失踪? した事実に気づく。姉妹は以前はトップスターではないもののブロードウェイでも活躍した美人芸能人たちで、ともに悪女ではないが金遣いが荒く、レオに負担をかけていた。そんなこともあって近所の住人の中にはジュディスが金に渋い夫を見切り、他に男を作って逃げたのではと噂するものもいたが、姉ともどもの出奔というのは妙である。さらに現在、近所の病院には姉妹の母親がわりの叔母エドナが重病で入院しており、姉妹がその叔母を放っていなくなるというのもレオには考えられないことだった。そんな中、地元の警察署長モート・ミドルは、レオがどちらかの姉妹と共謀して一方を殺害、または彼が単独で姉妹の両方を殺したのでは? と不審を抱く。これと前後して病床の叔母エドナが見舞いにきたレオに告げた意外な事実、それはレオと結婚する前のジュディスが悪夢にうなされたことがあり、その際に彼女は、自分が鋏でどこかの男性を刺殺したとわめいたということだった!?

 1948年のアメリカ作品。旧クライムクラブと並んで1950~60年代の創元の新世代ミステリ叢書の双璧だった「現代推理小説全集」の一冊。
 個人的に同叢書は購読したまま、まだ未読の作品(のちに創元文庫で再刊されたものも含めて)がいっぱいあるので、まずは思いつきであんまりWebなどでのレビューを見かけない? この作品を読んでみた。
 作者ブルーノ・フィッシャーは、日本では50~60年代に各翻訳ミステリ誌に中短編がそれなりに邦訳された雑種ジャンル系の作家(ハードボイルド、クライムストーリー、サスペンスほか)だが、長編の翻訳はこれの他には「別冊宝石」に訳載されたのが一つ二つしか無かったと思う。

 評者も大昔に読んだフィッシャーの中短編の印象なんかすっかり薄れてるので、事実上、まったくの白紙でこの作者、作品はどんなかな(どんなだったかな)と思いながら手に取った。はたして個人的に、これはアタリ。結構面白かった。
 主要人物の失踪から開幕するミステリなんか星の数ほどあるが、成人の姉妹(または兄弟)で同時にいなくなったという奇妙さをポイントとする作品は意外に少ないハズで、少なくとも評者はあんまり知見にない。
 その後、妻と義姉の身を案じながら思いつく限りの関係者の間を訪ねてまわる主人公(一方で警察にも捜索は願い出ているが)の姿もリアルかつハイテンポに語られ、そんな描写のなかで少しずつ人間関係の微妙な綾が浮かんでくる作劇もこなれがよい。
 やがて物語の舞台はジョーバーグの町と、姉妹がかつて活動していたニューヨーク周辺を行ったり来たりすることになるが、そんな叙述の積み重ねのなかで登場人物の数を増しながら、じわじわと事件の輪郭が見えてくる流れが快適である。うん、これはかなりよくできた職人作家によるサスペンススリラー。中盤である大きな事件が生じて物語に弾みがついたのち、後半に向かってストーリーはリズミカルに淀みなく流れ、終盤には二転三転の意外な展開を見せる。そしてその上で、準主要キャラともいえるサブキャラたち(特に……)の配置なども印象深い。クロージングの余韻もかなり気に入った。
 
 実のところ、文庫にも入らなかった絶版系の「現代推理小説全集」といえばミステリマニアに白眉の評価? の『飛ばなかった男』とか、おなじみジョン・ロードの『吸殻とパナマ帽』あたりが人気で、正直、本書はマイナー作品だからちょっと面白ければいいや、くらいに期待値も低かったのだが、思いがけない拾いものであった。こーゆーことがあるから、蔵書の中から積ん読の旧作を発掘するのは楽しい(裏切られることもしょっちゅうあるけれど・苦笑)。

 ちなみに巻末の植草甚一の解説を読むと、いかにも職人系の作家ということでアメリカ探偵文壇でもあんまり当時の話題にもなっていなかった作者フィッシャーだが、一部の作品には手持ちのレギュラー探偵(警察官)を活躍させていたり、はたまた『マルタの鷹』ライクといえる? 長編があったりと、けっこう幅広い多才な実績を誇っていたようだ。その辺の情報もこの現代推理小説全集のリアルタイム時点での話だから、のちに他界するまでさらに作品の数は増えていたんだろうなあ? 
 作品を一本読んで感心しただけで作家総体の才能を期待するのはナンではあるが、このレベルだったらもうちょっと日本語でも読んでみたい。
 あー、とはいえ21世紀のこの世の中にブルーノ・フィッシャーの旧作の初訳が出る機会なんて、奇跡に近いだろうなあ(涙)。

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