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ミステリの祭典

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トマト・ケイン

作家 ナイジェル・ニール
出版日1972年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/06/11 20:12登録)
(ネタバレなし)
 1960年代から70年代にかけてミステリマガジンなどに何作か短編が紹介された、英国(正確にはマン島~あのクリスティーの『マン島の黄金』の)生まれの作家ナイジェル・ニールによる、ノンセクション短編集。
 一冊の本に29編とそれなりの数の短編が収められただけあって、大半は一本一本がショートショートと呼べる長さのもの。書かれた時期は1940年代のものが主体のようで、内容はバラエティに富んでいる(悪く言えば節操がない)が、多くの作品のなかに「人生の孤独」という主題への傾倒は見やることができるような気がした(まあその趣を外れた作品もいくつかあるけれど)。
 
 たぶんニールの短編の中で最も日本人に知られた作品は、ミステリマガジンにはじめて翻訳され講談社の『世界ショートショート傑作選1』(各務三郎編)にも収録された、ひとりの青年がカカシと友人になる話『風の中のジェレミー』だと思う。本書にも当然収録されており、この本『トマト・ケイン』が刊行された当時のミステリマガジン誌上でも書評子が、収録作のなかでもっとも好きな一本とか書いていたのを思い出す。ちなみに評者は記憶の中でこの話がかなり美化され、メランコリックながらも孤独な心をカカシとの交流で癒やすセンチメンタルストーリーだと思っていたが、前述の『世界ショートショート~』と本書で改めて読み直すと、かなりイカれたサイコ編だと認識が書き換えられた。コワイよ。

 本書収録の29編すべてをここで語るつもりはないが、印象的な作品についていくつか触れると
『おお、鏡よ、鏡』は、人間の美と醜の観念を他者が外から操るという思考実験に基づいた嫌な話。
『フロー』は、老いた愛犬への接し方を致命的に間違ってしまった男の話。本書の諸作の底流にある「孤独」というテーマが最もよく出た話の一つ。
『写真』は、死を逃れられない難病の男児の生前の写真を残そうとする家族とその男児当人の話。本書内での上位作の一本。
『カーフィーの子分』は、文字通り「みにくいアヒル」に出会い、そこから……を迎える男の話。
『トゥーティーと猫の監察』は、田舎町の秩序を守るための奇妙な味の話。ひねたユーモアが印象的。
『ペダ』は戦災で死に、冥界に行くこともできずに現世をさまよう幽霊少女の話。柴田昌弘の短編コミックを思わせる。
『ザカリー・クレビンの天使』は、天使に会ったと主張する男を囲み、その事実を肯定するか否かで二分される人々の話。どっかダールっぽい。
『だれ? おれですか、閣下』は戦時中、盲人たちを相手に詐欺を働こうとした男たちの失敗談。この辺はコリア辺りの味わいに近い。
『池』はミステリマガジンにも先に翻訳掲載されたはず。割と分かりやすい動物もののホラーストーリー。
『自然観察』は児童たちを連れて屋外実習に出た女教師の話。まんまコリアみたいな筋立てで、起承転結が明確な感じが却って目立つ。
『小さな足音』は幽霊屋敷を舞台にした、オフビートなホラー編。

 とにかく一本一本が短いので、すぐそのまま続けて読みたくなるが、そのために却って印象が相殺されてしまうきらいもある。一日一本か二本くらいのペースでゆっくり読んだ方がいいかもしれない。
 ちなみに評者は中盤で少し読み疲れてきたが、最後の方になるともう終るのか……と惜しい、もったいない気分になった。まあこの手の短編集ではよくあることだけど(苦笑)。

 ところで作者ニールは1950年代には英国BBCのスタッフとして活躍。オーウェルの『1984』のラジオドラマ版を構成担当したり、50年代SF映画の大傑作(と評者は信じる)『原子人間』に始まる「クォータマス博士シリーズ」(テレビ版を起源にのちに映画化)なんかの原作・文芸の提供もしている。特に「クォータマス博士シリーズ」はニール名義での小説版も刊行されている(もちろん未訳)ので、今からでもどっかから翻訳出版してくんないかな。興味のある奇特な版元とか編集者とかどっかにおらんかな。

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