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ミステリの祭典

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国枝史郎探偵小説全集 全一巻

作家 国枝史郎
出版日2005年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2019/06/10 08:37登録)
国枝史郎というと「神州纐纈城」で有名な戦前の伝奇作家なのだが、日本で最初に「探偵小説」が受容された1920年代前半に、国枝もこのジャンルに強い興味を持って創作・批評をしていたパイオニアでもある。とくに小酒井不木とは親しい関係にもあるし、「新青年」にも投稿欄の「マイクロフォン」が多いが、単発の評論でも何度も登場している...となかなかの活躍度なのだけども、いわゆる「日本探偵小説史」からは抹殺された存在に近い。
これにはワケがあって、一つは乱歩と折り合いが悪くて、「大乱歩中心」な探偵文壇から特に戦後無視されたこと、トリック中心主義に否定的だったこと、今で言う「社会派」的な作品観だったこと...などがあるように感じられる。
まあ、戦前の「探偵小説」というものも、現在から見るとジャンルが広すぎる印象があるわけだ。都会派で翻訳臭が強くて広義の「謎」を追う話ならば、何でも「探偵小説」だった、というのが「新青年」的な立場と言ってもいいだろう。今でいえば「怪奇幻想」「秘境冒険」「SFスリラー」「国際スパイ」「猟奇心理」に分類される作品が、おおざっぱに「探偵小説」と銘打たれていたわけである。この広いジャンル観でしか、実際のところ国枝史郎の「探偵小説」は受容しきれないようなものである。
この作品社から出た限定1000部の本は446ページのうち、創作23篇で約300ページ、評論35本を約150ページの配分で収録している。だから短編と言っても、文庫換算で20ページ内外の尺がほとんどで、軽いオチがついて逆転の面白さを狙った小品、というものが多い。初出では「翻訳」として発表されたが、実は国枝の創作というものも多くて、「洋行趣味」なテイストがなかなか堂に入っている。ただし、いわゆる「ミステリ」を期待すると肩透かしで、国枝の達者な語り口とロマン味を楽しんで読むのが良かろう。それでもどうだろう、「広東葱」「木乃伊の首飾り」「指紋」あたりがギリギリにミステリに今でも入るかな? ただ、本としては、探偵長編の「沙漠の古都」「東亜の謎」「銀三十枚」「犯罪列車」などは収録していないので、そっちを読んでから本書は読むのがスジだろう。
評論はいわゆる「新青年」カルチャーの裾野の部分を補強する資料としてたいへん貴重といえる。小酒井不木を敬愛していたことが強く窺われて、不木を巡って乱歩と鞘当てしたので、不木が苦慮した...という話ももっとも。また当時の左翼畑の文学がこれも一種のモダニズムとして、新青年周辺にあったわけで、いわゆる昭和大衆文芸の持つ社会改良主義的な色合いを、探偵小説にも盛り込むといい...という論の一方の論者でもあった。そういう例として羽志主水の「監獄部屋」を絶賛しているし、またウェルニーシン「死の爆弾」という作品を推している(すまんがこれは知らない...けど気になる)。評論としてはなかなか目配りもいいのだけども、「新青年」に書いていたのは1928年くらいまでの短い期間で、不木の死と共に熱が冷めたようでもある。そこらへんもこの人の業界プレゼンスが低い理由かもしれない。
戦前の「探偵小説」の外縁を探るにはもってこいの労作だが、本サイトでもちょっとニッチだろうなぁ。

そうして何んとなく同氏の作品には―もし叱られたら謝罪するとして、軟派不良少年の味いが、加味されているように思われます。

誰に対する評だと思います?横溝正史ですよ。なかなか慧眼。

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