home

ミステリの祭典

login
轢き逃げ人生
作者の和名表記・アネルス・ボーデルセン

作家 アーナス・ボーデルセン
出版日1979年09月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/05/27 16:36登録)
(ネタバレなし)
 デンマークの自動車会社アウトノールが、ドイツの同業企業との合弁組立て工場の設立計画に乗りだす。事業拡張の中、新工場の工場長の内定を受けた三十代半ばのアウトノール社員、ヘンリック・モルクはこの世の春の気分だった。そんな彼は成り行きから町で見知らぬ若者たちと知り合い、彼らのハシッシュパーティに誘われた。本名を名のることもなく一時の饗宴に参加したモルクは、アルコールも入ったほろ酔い気分で若者たちの仲間の車を借りて帰宅するが、路上でひとりの老人を跳ねて死なせてしまう。そのまま現場から逃亡した彼は、車を若者たちから指示された場所に置き、自分の痕跡を消して去る。やがて轢き逃げ事件が報道されるが、モルクは人相を変えて万が一若者たちに出会っても分からないようにと偽装。注意深く過ごし、その後しばらく官憲の手が彼に及ぶことは無かった。だがある日、ひとりの若い男がモルクの前に現れて……。

 1968年のデンマーク作品。ボーデルセンの邦訳長編はこれと角川文庫の『殺人にいたる病』だけだと思うが、そっちの作者名はアーナス・ボーデルセン、本書の邦訳本は「アネルス・ボーデルセン」と和名表記されている。
 内容は、不慮の過失致死を起こしてしまった勝ち組の小市民がおのれの罪科におびえるサスペンススリラーだが、中盤にある重要人物が物語の前に出てきてからは、モルクを行動の主体としたクライムノワールドラマ的な趣も強くなる。翻訳の岩本隼という人はよく知らないが、訳文がめっぽう読みやすく一方で特に不順や不備も感じない、いい仕事をしていると思う。おかげで二段組で文字ぎっしり、230頁前後というやや長めの物語をほぼ一気に読めた。
 新工場長(合併事業で世間的にもウワサになっている企業の重役)という立場でテレビ出演してのスポークスマン役を担い、そんな本来は望んでいない役回りの中で、ノルクが当日にあった若者や警察の目をごまかそうとプロのメーキャップにあれこれ指示するあたりのデティルなんかも面白い。
 ちなみにここでテレビ局のメーキャップ役の女性スタッフがくだらないスリラーだと口でばかり馬鹿にしながら実際には熱心にハドリー・チェイスの「金にまさるものありや?」という作品を読んでいるが、これって題名から察して『暗闇からきた恐喝者』(原題:What's Better Than Money?)であろう。
 さらにこの本には、作者はよく知らないが、と言われながら『見知らぬ乗客』の原作も出てくる。
 ラストはちょっと意外なまとめ方で、全体としてはなかなか面白かった。良くも悪くも心に軽い澱を残して終る佳作。

1レコード表示中です 書評