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ミステリの祭典

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鯨のあとに鯱がくる

作家 新羽精之
出版日1977年12月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/05/14 18:05登録)
(ネタバレなし)
 五島列島の北にある小値賀(おじか)島。その近海でアクアラングをつけて潜水していた若者の溺死体が発見される。死んだのは長崎県の老舗衣料店「松浦(まつら)」の若主人で、現代俳句界でも新星と目されていた志筑雄一郎(30歳)。多才で行動的な雄一郎は政治活動家でもあり、初期は保守系だったがある時を機に革新派に転向。佐世保で公害反対の市民運動を行っていた。当初は事故死とみなされた雄一郎だが、彼の妹・佐保の恋人で、地方紙「九州新報」の記者である兵主(ひょうず)有平は、あることからその死因に不審を抱く。やがて雄一郎の手帳に残されていた「鯨のあとに鯱がくる」という謎の文句が発見されて……。
 
 昭和33年に夏木蜻一の筆名で「宝石」増刊号にデビュー。その後昭和37年に新羽精之に改名、昭和50年代には「幻影城」誌上でも活躍した作者の唯一の長編ミステリ作品。
 正統派のパズラーでなく社会派の色彩の強い作品という予備知識はあったが、佐世保の造船業の衰退、公害問題に放射能汚染の問題、さらには昭和50年代半ばの九州地方への大手資本の進出……などなど、語られる主題はかなり多い。特に国内の原発の設立の意義を訴える登場人物の見識などそれを肯定するにせよ反発するにせよ、2011年の福島原発の災害を経た今現在の方が、実感を伴う面もある。
 キーワード「鯱」の実態もそう来るか、という感じの真相で物語の流れからいえば当然といえば当然だが、ある意味で直球過ぎる謎解きが評者などにはかえって印象的だった。1977年の書きおろし作品で、作者は以前から九州の人間だったが、当時70年代後半の同地の状勢を探るには良い資料になるかもしれない。そういう意味では興味深かった。
 ミステリとしては序盤からの溺死事件の真相、中盤に登場する時間差? 毒殺? 事件のトリック、さらには突発的な幽霊騒ぎなどいくつかのギミックが盛り込まれているが、なんかそれぞれどれも、良くも悪くも「宝石」のマイナー新人作家系らしい組み立て方という印象。犯人の暴き方が完全にフーダニットの文法を放棄しているのは、まあそういう作品ではないということで許せるにせよ。
 登場人物の頭数が多い割にいきなり本文中に固有名詞を出したり(小説後半の末吉教授とか)、あんまり文章もこなれてはいない。
 あと主人公が、情報をくれる後輩の記者とかに対していちいち怒り過ぎ。読んでいてあまりいい気がしない。登場人物にそういう描写で人間味を見せようとして滑ったか、あるいは現実のなかで作者があてこすりたいモデルでもいたのか?

 前述の、当時ならではの社会派ミステリ的なメッセージをいくつか熱く叫ぼうとした意欲は感じられてそこら辺はキライになれないけれど、正直やや退屈な作品ではあった。評価は0.5点くらいオマケ。

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