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ミステリの祭典

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溶ける男
私立探偵レックス・カーヴァー

作家 ヴィクター・カニング
出版日2005年10月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/05/13 18:53登録)
(ネタバレなし)
 1960年代の英国。その年の9月。「俺」こと30代の私立探偵レックス・カーヴァーは、貯金通帳の残高に少しばかり余裕ができたので、今年も恒例の休暇期間に入ろうとしていた。だが共同経営者兼秘書で35歳の独身女性ヒルダ・ウィルキンスンが、新規の依頼の相談がきたと告げる。依頼人は60歳前後で2m以上の体躯を誇る大富豪カヴァン・オドヴダで、彼は盗難にあった自家用車の回収をカーヴァーに願い出た。相応の経費を使う捜索に見合わないと思える価値の車輌にカーヴァーは不審を抱き、何らかの機密が車体に隠されているのか? と考えた。やがて調査を始めたカーヴァーは、依頼人オドヴダが、亡き彼の妻の連れ子である美人姉妹ジュリアとゼリアから敬遠・嫌悪されていることを意識する。カーヴァーが調査を進めるそんな案件は、当初の予想とは大きく異なる国際的な事件へと拡大していった。

 1968年の英国作品。本国では4冊のシリーズ長編が刊行された、私立探偵レックス・カーヴァーものの長編第四弾で、少なくとも長編としてはこれが最終作品。日本では本シリーズはこれしか訳されていないし、そもそもカニングの(一般・大人向け)長編ミステリも本書を含めて3冊しか翻訳がない。なおごく私的な話題ながら、カニングといえばしばらく前から机の脇に『階段』が置いてあるものの、そちらも『QE2を盗め』も未読で、最初に読んだのがコレになった(中短編は何作か日本版EQMMやHMMで読んでると思う。内容はほとんど忘れているが)。
 今回、本書を読んだきっかけは、先日刊行されたミステリ研究評論ファンジン『Re-ClaM』第2号(おっさんさんも本サイトの掲示板で話題にしている)で、<あまり語られざる論創海外ミステリの佳作・秀作>という感じでこの一冊を取り上げてあって、興味を惹かれたからである。

 それで本書の表紙周りでも巻頭の解説(この時期の論創海外ミステリは巻頭に作品解説を掲載)でも書かれていたとおり、本作の特色はハードボイルド私立探偵小説が当時(60年代後半)の時流だったスパイ小説に接近……というか、この私立探偵レックス・カーヴァーのシリーズ総体がそういう感じらしい。とはいっても当初からそのつもりで読むと、そんなに極端に強烈な国際的謀略とかに踏み込むこともなく、まあ市井のなかでの大事件の着地点がそっちの方に最後は向いたね……というぐらいの印象だった(極力ネタバレにならないように書いているけど)。そりゃまあ、登場人物の国籍が複数にわたったのは事実だが。

 そういうわけで、通例の一流半の英国派私立探偵ハードボイルドミステリとしてフツーに読んでもいいんでないの? という感じだが、改めてそのつもりで作品に付き合っていくと、とにもかくにも物語全体に勢いのあるドライブ感が充満で面白い。展開が早い、登場人物がくっきりしている、各シーンに見せ場と趣向が用意されている……と、読みもの作品として、エラく筆が達者。
 ああこれは確かに、すでに読んだ人が世の中であまり評価されてないことを残念がる作品だね、という思いに至る。
 マクガフィンとなる、とある機密がやや直球すぎて(その真相自体も、その対象に向かう各登場人物たちの動きも)、まあその辺は60年代だなという時代的な違和感もなくはないが、そこら辺を割り切れるならば、最後までアンコの詰まったエンターテインメントとしてすごく楽しめる一冊だった(ラストの山場の盛り上げ方も、ほかにはなかなか見られないクレイジーぶりだよ)。
 シリーズの残りもこのレベルなら、せめてあと一冊くらいは翻訳してくれんかな、という思いである。

 ちなみに最初から最後まであくまで仕事上のパートナーに徹して恋愛感情を毫も主人公との関係性に持ち込まない女性秘書のヒルダ・ウィルキンスンの描き方は、ハードボイルド私立探偵小説でこういうのもアリなのだな、という印象である。その手のポジションのヒロインといえば、マイク・ハマーにとってのヴェルダ、マイケル・シェーンにとってのフィリスやルーシィが基本の評者にとってはあんまり面白くないキャラクターではあるけれど、いつかこのシリーズをまた一二冊日本語で読める機会でもあれば、その変化球的な個性が魅力となって見えてくるかもしれない。

■重箱の隅的な、いつもの論創編集部への苦言……
 196頁の最後から5行目。「トニーが」は「オットーが」の間違いではないでしょうか? トニー本人が、別人を主格にして話題にしてるんですけれど。

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