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ミステリの祭典

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赤い砂塵

作家 デイヴィッド・マレル
出版日2001年02月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 Tetchy
(2019/05/08 23:47登録)
2000年発表の本書はあの怪作『ダブルイメージ』の後に書かれた作品であったので、こちらも変な捻りが加えられた作品かと思ったが、さにあらず、絶大な力を持つ悪の首領に囚われの身となった美貌の姫を救いに悪の巣窟へ乗り込む、昔ながらの英雄譚をモチーフにした潜入及び脱出行の物語だ。

デリク・ベラサーという武器商人をCIAが挙げるべく、かつて軍のヘリコプター操縦士で名の知れた画家であるチェイス・マローンがその巣窟に潜り込み、彼が依頼された肖像画のモデル、ベラサーの妻シェンナを救出する。しかしそこからは絶大な権力を持つ男からの男女2人の果てしない逃亡が繰り広げられる。

このデリク・ベラサーという男が実に強烈だ。
圧倒的な威圧感を持ち、先祖代々からの武器商人で決して足を出さず、世界中にコネクションを持ち、武器を売りさばいて戦争を起こしている男。そして自分の欲望を満たすためには手段を選ばない。妻の肖像画作製の依頼をマローンが断ると、家と土地を買い取り、彼のお気に入りのレストランも買い取り、更に彼の作品を扱う画商も作品ごと丸ごと買い取り、マローンの作品を世に出さぬために倉庫に入れようとする。
更に彼が異常なのは美しいものに異常な執着を持ち、妻が年齢によって美貌の衰えを見出すと肖像画と裸体画を残して事故死を装って殺害し、新たな美しい妻を手に入れる。まさに現代の青ひげである。

そしてもう1人鮮烈な印象を残すのはその妻シェンナだ。本書の原題“Burnt Shenna”は彼女の肌の色、赤褐色を指す。
このマローンをして、今まで見た中で最も美しいと称されるこの妻はかつてはトップモデルであったが、その境遇は不遇だ。
イタリア系アメリカ人の両親の許で生れた彼女はイリノイ州にいたが12歳で両親を亡くし、引き取られた叔父のところではセックスを強要され、ある日それが嫌で家を飛び出し、シカゴでモデル学校に入り、モデルの仕事を始め、一躍トップモデルになる。
暴力を振るうボーイフレンドとコカインでボロボロのところをベラサーに引き取られ、病院で手当てを受けた後、結婚したが、初夜でベラサーが上手く行かなかったときから、彼女は単なる彼にとっての威光と商談をまとめるためのマスコットに成り下がった。一人で外出は許されず、ベラサーとのみ外出が出来る、まさに城に囚われた美しき姫君だ。

そして主人公のチェイス・マローン。元軍用ヘリコプターの操縦士で、小さい頃から絵を描いていたことから退役後画家になり、その独特な生命力溢れる風景画はたちまち世間の耳目を集め、作品が高額で取引されるようになり、絶大なファンも生まれ、その1人クリント・ブラドックは彼の逃亡のために気前よく100万ドルを貸し与える。
元軍人であるから銃火器の扱いにも長け、また格闘術も心得ている、まさに絵に描いたようなヒーローなのだが、人に利用されたり、人から命令されたりすることが嫌いで、CIAの作戦協力のみならずベラサーと、とりわけその部下アレクサンダー・ポッターとも常に反目する。
この辺はいわゆる聖人君子ではない男をヒーローにする作者のキャラクター造形だろうが、いちいち素直に話を聞かない、指示に従わない彼の姿にいささか辟易させられた。

またマレルは彼を設定上の画家にせず、彼の作風や創作風景を丹念に描いている。私はそこが実に興味深く読めた。
人の絵を描くことはそれ自身無言の対話だ。画家は絵筆に対象の内面を描こうとまるで心の中まで見透かすかのようにじっと見つめる。一方モデルはたった1人の男にそれまで経験したことがないほどじっと見つめられる。今まで隠していた心の在り様すらも見られるかのように。
それはいわば直接的接触のないセックスに似ているのではないか。純粋に対象を見つめ合い、お互いを理解し合う、この絵を描くという行為は精神的に最も深く愛情を感じるひと時なのかもしれない。

なんとも目まぐるしい展開だ。いや寧ろこのような展開こそが今の小説には必要なのかもしれない。
マレルの描く冒険小説は上に書いたように昔からよくある英雄による美しき姫君の救出劇であり、悪人は現代の青ひげとも云える精神異常者なのだ。この古来からある設定に冒険活劇と起伏あるストーリー展開を肉付けした、純然たる冒険小説と云えるだろう。

少年ジャンプの三原則は友情、努力、勝利だったが、このマレルの作品はまさにこの三原則に沿って書かれた物語だ。友情は即ちマローンをCIAの作戦に誘った元副操縦士で戦友のジェブ・ウェインライトだ。彼はどんな時もジェブを見捨てず、最後はCIAの身分を離れてマローンの一私兵としてベラサー殲滅に協力する。最後にマローンの許を訪れるのも彼だ。
そしてこの三原則に大人の読み物であるので、ここに男女の愛情が加わるわけだが、実はこの愛情こそが本書では最も濃い。

物語のクライマックスでマローンによって追い詰められたベラサーはシェンナに自分が開発した新種の天然痘を感染させる。
見事ベラサーを討ち果たしたマローンは必死の看護で彼女をこの病気から救うことに成功する。しかし彼女が望んだ祖先の地イタリアのシエナで隠遁生活を送る時、マローンは毎日シェンナの肖像画を描いて暮らす日々を送る。どこにも行かず、誰も訪れないその家でただひたすら2人で時間を過ごすことを愉しむかの如く。
ただシェンナは人が訪れるとその姿を見られたくないとばかりにすぐに隠れる。それは例えば天然痘の後遺症で肌に染みが残ったため、かつて美しかった自分が醜く見られるのを厭うためか、もしくはその美しさゆえに、自分を我が物にしたい男たちによって暴力を振るわれたり、人として扱われなかったことを恐れるためなのか、解らない。
物語はマローンの絵の中の彼女が飛びきり美しいことに言及し、彼女が病気に罹ったために身を隠しているように結んでいるが、私はマローンがシェンナに云った、自分の美しさゆえに哀しみ、そして傷ついているのではないかという問いかけが答えと考え、後者として受け取りたい。
題名に冠せられたシェンナの美しさはただマローン一人だけのもの、そしてその美しさは、ベラサーが30歳で期限を切ったが、マローンにとって永遠なのだ。

本書が平成最後に読み終わった本となった。
典型的な冒険活劇の中にちょっぴり苦く切ない男女の恋の結末が含まれていたのが収穫だった。

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