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ミステリの祭典

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鳴門血風記

作家 白石一郎
出版日1988年08月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2019/05/22 09:34登録)
 標高六千六百尺の剣山を盟主として東西十三里、南北七里に亘って阿波の国西南一帯に聳え立つ祖谷山系。その深山奥深く、木地師の祖神を祭った祠の中に、白かずらの蔓で編んだ球を抱きかかえ、猿たちに取り囲まれた赤子が座っていた。かれは澄み切った双の黒い瞳で、微笑みながら村人たちを見つめている。
 集落の長の源太夫は赤子を見つけたあかねと、夫の清八に子供を託して大切に育てるようにと言い渡す。蔓の球の中には菊の御紋を描いた赤い錦の小袋があり、なかをひらくと粒のそろった砂金と、四半分に裂いた絵地図の布切れが入っていた。古くから伝え聞く安徳天皇の秘宝図ではないかと、源太夫は言った。
 それから十数年後の天正十三年。はるか下の〈祖谷山三十六名〉と呼ばれる山岳の集落に、かつてない兵乱のきざしが迫っていた。四国の覇者・土佐の長宗我部を降した羽柴秀吉の旗下にある、蜂須賀家政が大名として阿波の一宮城に送りこまれてきたのだ。
 家政の侍大将・兼松総右衛門は山岳党討伐軍を招集し、名家の裔を誇る山の民たち阿波山岳党はこれを迎え撃つ。だがかれらの一人、美馬郡一宇山の住人・小野寺喜内のみは総右衛門に従っていた。
 漆のような黒髪に、見る者がぞくっとするような色白の美貌。希代の飯綱(忍術)使いとも言われる喜内は、妖気を漂わせる切れ長の双眸でつめたく双方を見つめながら奇妙な行動を見せる。彼が肌身離さず携える菊の紋入りの青い錦の小袋には、同じく砂金と、やはり四半分に裂いた絵地図が入っていた――
 1987年5月~1988年4月まで雑誌「問題小説」に連載。同87年7月には海洋冒険小説の傑作「海狼伝」で第97回直木賞を受賞している事から、著者最盛期の作品と言っていいでしょう。ただし伝奇小説としてはかなり異色。
 祖霊の申し子、すべての四国木地師を統べる大山主〈おおやまぬし〉として成長した主人公筒井喬之介と、悪の美青年小野寺喜内が平家の隠し財宝を巡って激闘を繰り広げるのかと思いきや、全然そうはなりません。平島公方の美姫・桜女、筒井大皇神社神官の娘・千草などいかにもな女性も登場しますが特にどうということもなく、ことごとくお約束を外す形で進行します。
 道具立ては間違いなく伝奇なんですが、ちっとも伝奇にならない。東祖谷・西祖谷に楔を打ち込み、山岳党全体を支配下に置こうとする喜内の策謀にも、喬之介はほぼノータッチ。事が成った後山の民を酷使し財宝発掘に狂奔する喜内に対し、初めてこれを牽制しますが、ここで彼は山田風太郎「柳生忍法帖」の十兵衛の啖呵を髣髴させる、とんでもない行動に出ます。はてこれは喜内が主人公のピカレスクだったのかな、と一瞬錯覚するくらい。
 ですが元々両者の立場は対等ではない。喬之介は一貫して俗世の争いに関わらぬものとして描かれており、飯綱の術もより優れ喜内が逆立ちしても敵わぬ存在。さらに山岳党の崩壊は冒頭の怪異により運命付けられ、安徳帝の秘宝も神懸りとなった女性・八重の予言でもはや消失していることが暗示されます。
 いわば「反伝奇小説」みたいな作品なんですが、それでいて木地師の里や主人公周りの描写は凄く魅力的なのが困りもの。ある意味悪人大勝利なのに後味も爽やかテイストでなんだかなあ。とは言えわざと外して書いてるので、面白さは同じ作者のSF作品「黒い炎の戦士」ほどではありません。6.5点。

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