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ミステリの祭典

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迷いこんだスパイ

作家 ロバート・リテル
出版日1988年05月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/05/06 14:41登録)
(ネタバレなし)
 ペレストロイカ以前のソ連。28年にわたって外交文書の伝書係を務めた53歳の男オレク・アナトリエウィッチ・クラコフが出張先のアテネで勝手な行動をとる。クラコフは極秘書類の入った鞄とともにアメリカ大使館に駆け込み、亡命を求めた。アメリカの秘密諜報機関「特別行動班」のリーダーである44歳のストウンはクラコフの審査に当り、彼が亡命者を装った工作員または諜報員である、あるいはクラコフ自身は本当に亡命を求めているが、偽の情報を掴まれた可能性がある、の両面から検分に当たる。やがてクラコフからポイントとなる複数の情報を引き出したストウンは、自ら変名でソ連に乗り込み、情報の真偽を確認しようとするが……。

 英国の1979年作品。処女長編『ルウィンターの亡命』(1973年)で、いきなり英国のCWAゴールデンダガー賞に輝いた作者ロバート・リテル、その第五長編。
 個人的には大昔に読んだ『ルウィンター』はそれほど評価してない(最後、ああ、そういうオチね、で終ってしまった作品)だったのだが、本作『迷い込んだスパイ』以降に書かれた『チャーリー・ヘラーの復讐』(1980年)なんかは大好きな評者である。
 それで評者にとって久々のリテル作品だが、今回はとても面白かった。やっていることは『ルウィンター』のリメイク的な側面もあり(ネタバレにはなってないと思う)、いかにもペレストロイカ以前の東西陣営の相克を描いた正統派エスピオナージュだが、後半、ストウンがソ連に乗り込んでいってからの臨場感と登場人物たちの実在感は相当のもの。さらにネタバレになるのであまり書けないのだが、主人公ストウンが(中略)のあたりなど、最終的には人間性の善悪という文芸に視線が及ぶのが基本(だと思う)のエスピオナージュとして、とても肝が据わった書き方をしている。

 なお終盤に判明する敵側の黒幕の劇中での動向は、ちょっとお話として作りすぎじゃないか……という気もした。が、現実の諜報戦のなかでいびつな生き方を始終強いられる前線の人員が時に人間らしくありたいと思い、ちょっと悪戯心を出すのはこういう状況かもしれないとも考えなおす。そう見やるなら、良い感じの文芸性が、観念のソースとなって物語の味付けをしているように思えなくもない。
 ちなみに題名(邦題)の意味は前半のクラコフ、後半のストウンを指すダブルミーニングだと思うけれど、同時に作中に登場する、国家のため国民のため、地上平和のため、そして職務のため、歯止めの無いモラルハザードの世界に迷い込んでいくスパイ達全員への、普遍的な揶揄でもあるんだろうね。

 末筆ながらリテルの登場人物はヒロインが地味に魅力的だけど、本作でも後半で登場の娼婦カトゥーシカはなかなかステキであった。前半に出番の多いストウンの恋人で、地球の終末危機の可能性を思いつくままに並べまくるスローもキャラが立っている。

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