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ミステリの祭典

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香港から来た男
陳展望

作家 伴野朗
出版日1983年05月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2019/05/20 01:17登録)
 岡山発東京行き、ひかり36号―― 十一月初旬その車内で、グリーン車の乗客が青酸化合物により毒殺された。男は鹿児島の弁護士、中平亨。元判事で、志布志湾の石油備蓄基地建設をめぐる会社側弁護団の、実質的な責任者であった。勤務先の山鹿法律事務所には内密の行動で、彼が大事そうに抱えていたアタッシェケースは密室状態の車内から紛失していた。
 同じ頃、香港――九竜半島廟街〈ミューガイ〉の露地で、日本人の男がドブに躰の半分を捩じ込むようにして死んでいた。刺殺された男は京都川原町の古美術商・今昔堂の店主久我政信。彼の名刺入れのなかには「説肆荒」と書きつけた紙きれが入っていた。
 中平が現金化していた二百万円の小切手の振り出し先と、久我が訪れた湾仔〈ワンチャイ〉の古美術商・蔵珍閣店主の証言から、彼が時価百億円ともいわれる書聖・王羲之の真蹟を、香港の大富豪・方瑞山〈ファンロイシャン〉に売り込む計画だったのではないかと思われた。小切手を振り出した室町開発には華僑資本が入っており、方瑞山とも繋がりがある。さらに車掌の証言から、久我もまた事件当時「ひかり36号」に乗り合わせていたことが判明した。
 大物の登場。暗礁に乗り上げる捜査。鹿児島県警本部長の佐島亮太は香港の事件を担当する元部下・衣川嘉彦の窮地を見かね、香港時代に助力を頼った旧知の探偵・陳展望〈チェンチャンワン〉を彼に紹介する。
 1983年発表。中期の作品で、陳展望は作者のデビュー直後、最初に書いた短編の主人公。客家〈ハッカ〉出身。無類の食通にして独身。九竜半島・油蔴地にある掘立小屋まがいのアパートに腰を据え、書物の山に埋まって暮らしています。謀略系スリラーを得意とする伴野ですが、本作のプロットは盛り込みすぎなくらいで、キャラへの愛着を窺わせます。
 京都府警・鹿児島県警など警察側が引き立て役に留まらず、かなり有能なのは好印象。新幹線内での犯行手段は軽妙。ただし面白い構図の作品ではありません。鑑真和上上陸地点の謎など魅力的な題材のほとんどは付け足しで、ストーリー上の意味はそれほど無い。売血常習者関連のシーンも丁寧ではありますが蛇足。
 警察描写が充実している分、その上を行く展望の推理はやや予定調和的ですが、暗号の解読とラスト部分、帝国ホテルのロビーで瑞山に圧力を掛け犯人を燻り出すところはなかなかでした。

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