春の自殺者 |
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作家 | レイモン・マルロー |
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出版日 | 1976年03月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | |
(2019/05/02 20:37登録) (ネタバレなし) フランスのその年の1月から5月にかけて、ブルターニュのモルレ群地方の郡長を初めとした各界の名士が続々と動機不明の謎の自殺を遂げる。一連の変死事件は「春の自殺事件」として人々の噂に上るが、やがて忘れられた。そんななか、探偵事務所「ルピュ」の所長兼唯一の調査員である私立探偵リシャール・ディケは、数週間ぶりにまともな仕事の依頼を受ける。依頼人はミュルドックと名のる中年紳士で、妻の浮気の証拠を押さえてほしいというものだった。ディケは秘書で内縁の妻といえる体重95㎏以上の大女レア・ユトンに尻を叩かれながら、この仕事に乗りだすが、はたしてディケが認めたのは、調査対象の美女ロレーヌが日替わりで別の男と情事を行う現場であった。仕事の域を越えてロレーヌに関心を抱きはじめるディケだが、そんな彼はやがて思いも掛けない事件の渦中へと巻き込まれていく。 1972年のフランス作品。作者レイモン・マルローは日本では本作しか紹介がないようで(少なくともこの作者名表記では)、さらに今回評者が手にしたHM文庫版(1992年に本作を原作として翻案した邦画『エロティックな関係』が公開された際に刊行された)には作品解説も何もまったく無いため、詳しいことはわからない(1976年に刊行のポケミス版は大昔に買ったかもしれないがすぐに出てこないし、そっちにまともな作者や作品の解説があったかも不明である)。 そういうことで今回は純粋に作品そのものの感想になるのだが、ミステリのジャンルとしてはいかにもフレンチハードボイルドっぽい雰囲気で始まりながら、途中から少し方向性が転調して主人公ディケが窮地に陥る巻き込まれ型のサスペンススリラーっぽくなる。さらに事件全体に、序盤から叙述された謎の連続自殺事件の謎が一種のミッシングリンク風にからんでくるが、真相は読者の推理に挑戦する謎解きものの形で解き明かされていく流れではないので、そういう意味ではミステリとしては弱い。終盤に事件のキーパーソン的な人物がいきなり登場してくるのもちょっと……ではあろう。ただし話の流れそのものはフランスミステリにたまにありがちな「なんでそうなるの?」的な部分は少なく、かなりスムーズなストーリー運びなのは悪くない。 さらに重要なのはしょぼくれた私立探偵の主人公ディケ(10年前に親戚の遺産が入って会社を辞め、愛読していたミステリを通じて憧れを抱いていた私立探偵稼業に乗りだしたが、その後仕事は下り坂。当初はいい女だった秘書のレアも今では40過ぎのデブ女に化けてしまっている)をメインにした、複数ヒロインたちとのペーソスとエスプリを利かせた艶っぽく時にスリリングなやりとり。ポケミス版の刊行当時に、ミステリマガジン誌上で青木雨彦さんがたしか本作を例の<ミステリ内の男女の機微を語る連載エッセイ>の路線で取り上げ、なんらかの含蓄を語っていたと思うが、これは正にそういう器で語るのにもってこいの作品ではある。 プロットとしてはマトモなミステリっぽい真相のネタを用意しながら、最後の方ではその辺をあまり練り込まなかった印象の作品だが、それでも読み物としてはそれなりに楽しめた。ラストのイヤミスにならない程度にイヤーンな感じも、とてもフランスミステリぽくっていい。 この主人公(ディケ&レアのコンビ)このあと続編が書かれたのかな。そこはちょっと気になる。 |