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ミステリの祭典

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「期待」と名づける

作家 樹下太郎
出版日1961年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2020/07/04 04:49登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月3日。中堅企業「所山計測器」の業務部長で36歳の浜田宗仁(むねひと)と、その部下だった24歳の美女・雪本絢子(まりこ)の挙式が行われる。先妻と死別した浜田は年の離れた新妻と再婚し、幸福そうに見えた。だが二人が新婚旅行に向かった熱海の宿で、浜田は宿泊したホテルから転落して死亡。新妻の絢子はわずか半日で未亡人となった。絢子は夫の死後も姑である55歳の未亡人さよの後見を受け、多大な資産を誇る浜田家で若奥様として暮らす。そして一年が経ち、さよは絢子に、自分の甥で新興出版社の社長である青年・片岡文彦との交際を勧めた。文彦を憎からず思い始める絢子だが、そんな彼女の周囲に「木田竜三」と名乗る一人の男が出没し始める。

 作者・樹下太郎の第五長編。1961年に桃源社から書き下ろし刊行。

 樹下の長編作品はたしか初めてのはずの評者だが、今回は「別冊・幻影城」の樹下太郎編で読了。

 先行する本サイトのカテゴリー分類が「サスペンス」だったので、フーダニットの昭和風俗パズラーというよりそっちの傾向かなと予期したが、まんまその通りだった。
 雰囲気はズバリ、和製ウールリッチというか、本作の十数年後に登場してくる日下圭介の初期作品などに近い。
(悲劇の未亡人にして婚姻後のシンデレラとなった絢子が、姑のさよと二人だけの大邸宅内で、少女時代からの憧れだったピアノを思い切り弾く描写など、いかにも醤油味のアイリッシュという感じ。)
 
 なお、くだんの「別冊・幻影城」巻末に併録された評論家各氏ほかの論評(当時の新鋭だった栗本薫や筑波孔一郎などのエッセイもふくむ)をざっと読むと、樹下作品のひとつの持ち味は多視点の自在な切り替えによる映画的なカットバックだそうだが、本作でもズバリその手法を活用。
 主人公でメインヒロインである絢子と並行して、彼女の元同僚の男女の人生の交錯図、さらには夜の女でいささか頭の弱い(少女時代に頭に怪我を負ったため)若い娘・桐里かすみとそのヒモみたいな情人・坂田友八郎の挿話が語られる。特に後者の二人は、メインの絢子とどういう関係性でからんでくるのか、なかなか判然としない? 
 そんな複数のストーリーラインの中にトリッキィな仕掛けが用意されているが、これはたぶん先読みはそんなに難しくない。しかしその先読みのもとに読者が読み進んでいくと妙な違和感が生じるはずだが、そこからまた器用に結末に向けてストーリーを束ねてゆく作者の手際こそ、本作の大きな賞味要素のひとつだと思える。

 最後のクロージングはそういうまとめ方か!? とちょっと虚を突かれたが、独特の余韻があるのはまちがいない。ただし作中のリアリティを考えるなら、何カ所か登場人物の思惟などに疑問が生じる部分がなくもない。まあその辺は、もしかしたら読者によって受け止め方に差があるかも。
 
 トータルとしてはやろうとしたことはわかるんだけれど、いまひとつミステリとしての面白さにつながらず、昭和の人間ドラマとしてはもうひとつ奥深いところで心に響かない。評点はまあこんなもので。決して悪い作品ではないけれどね。

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