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ミステリの祭典

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二人が消えた夜

作家 富島健夫
出版日1960年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/04/23 14:07登録)
(ネタバレなし)
 昭和30年代の半ば頃。とある地方にある故郷の石崎町を出て東京に暮らす新社会人の「ぼく」こと、20代半ばの青年・真垣竜右衛門(通称「竜」)。その竜は、高校から大学時代の学友・水野利也が地元の坂井町で自殺したことを、水野の妹で竜の恋人の弥生からの知らせで知る。幼少時の災禍で顔に大火傷を負った水野は周囲に垣根を作り、竜はごくわずかな友人だったが、水野の根幹からの気難しさもあって両者の関係は絶えず繊細で緊張に満ちたものだった。水野の死の事情が気になった竜は弥生の待つ故郷に戻るが、そこで彼は水野が通学時に思いを寄せていた、かつての可憐な他校の女子高校生に出会う。女高生=川上芙佐子は、今は初老の金貸し・大橋重蔵の後妻で大橋姓となっていたが、彼女もまた青春時代の水野と竜のことは覚えていた。だがそんな彼女に、夫殺害の容疑が生じて……。

 問題作『容疑者たち』に続く作者のミステリとしての第三長編(数え方によっては四冊目のミステリといえるらしい)。1982年の徳間文庫版のあとがきに付した作者自身の述懐によると、ストレートなミステリだけではおもしろくないので文学要素のあるものを狙い両者の融合をはかったが、いまひとつ効果が上がらなかったという主旨のことが書かれている。
 個人的にはそれなりにまとまった感じはあったが、一方で一番本書のドラマで興味を惹かれるのは、息子(水野)が死んだいま、残る娘の弥生を良縁で嫁がせたいと思う水野家の老婆と、それに対抗して心の絆を固め合う竜と弥生、さらにはそれを応援する竜の両親との対立劇であり、ミステリの方はやや添え物的な印象もなくもない。
 事件の真相のトリックにも割にミステリとしてマトモ? なものが用意されているが、これももうちょっとうまく演出できたんじゃないかな、という感じもある。
 何より本作の一番の弱点は、物語の導入の流れからもう少し物語の主軸にくるべきキーパーソンのはずの水野にほとんど実態としての出番がないことだろう。竜の視点で、水野の追い求めた美沙子への思い入れを追っている構図では
あるのだが、最後はもう少し水野当人に向けた竜(と弥生)の心の決着に帰するべきではなかったかと。

 ただまぁ、さすがに文章はすごくうまく、とても居心地の良い小説ではあった。竜の家に上がり込んで弱みを見せながら酔っぱらってしまう中沢刑事なんか、いかにも良い意味で昭和的な人間くさいキャラクターだと思うし。昭和三十年前後当時の風俗も興味深く、それらの意味ではそれなりに楽しめた一冊。

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