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ミステリの祭典

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白眼鬼

作家 永瀬三吾
出版日不明
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/04/21 16:45登録)
(ネタバレなし)
 その年の冬。四谷区の住宅街・若葉町で、自家用の高級車から降りた青年社長・河南市蔵が何者かの襲撃を受けて頭部に重傷を負う。実業家として一代で財を為した河南は、かつての自分の雇用主で数年前に事故死した藤代東一郎の遺族を後見しており、その夜の事件も河南が訪問しかけた同家の門前で起きた。だが河南を襲った賊の姿はどこにも無く、運転手の梶井も周囲に怪しい人影を見ることもなかった。そのまま藤代家の賓客として、同家の未亡人で若い後妻・かおる子や先妻の遺児である妙齢の三姉妹、春子・夏子・秋子たちの看護を受ける河南。だが藤代家の門番で中国人の老人・王(ワン)は「鬼が家に入ってしまいましたじゃ」と託宣めいた言葉を発した。一方で四谷署の刑事・九条も、河南が藤代家を訪れるのは運転手の梶井すら乗車してから知ったことであり、襲撃者はその夜その場に河南が来ることを予見できなかったため、河南を襲った犯人は藤代家の周辺にいると目星をつける。だがやがて、その藤代家の周囲でさらに次々と怪異な殺人事件が……。

 昭和33年(1958年)9月5日の奥付表記で、同光出版株式会社から刊行された長編ミステリ。2019年4月現在Amazonにデータの登録はないが、総ページ数は311頁。頒価は280円。本の高さは19センチのハードカバー。

 昭和29年の中編作品『売国奴』で同年度の第八回探偵作家クラブ賞を受賞した作家・永瀬三吾による唯一の長編ミステリ作品で、内容はあらすじの通り、都内の邸宅を事件の主舞台とする一種の舘ものっぽい、スリラー風の謎解きフーダニット。冒頭の姿無き襲撃者のあたりから外連味のある不可能興味で読者を引き込み、のちに密室(といえるようなやや微妙なような)殺人劇も登場。事件が進むにつれて藤代家の四人の女性にからむ異性交遊の構図が変遷したり、藤代家の相応の金額の資産も人間関係に影を落とすなど、次第に陰影のある群像ドラマを見せていく。そんななか、ミステリ的な細かい創意はいくつか盛り込まれてそれはいいのだが、最後まで読むとこのキャラクター要らなかったんじゃない? とか、無駄な作りも少なくない感じを抱かされたりする。さらに、とにもかくにも犯人の見当が早めについてしまうのも残念。
 まあその上で事件の構造にある種の仕掛けが設けられていたり、殺人者の動機のなかに潜む独特な屈折の念と奇妙なバランス感覚が印象深かったりはしたが。

 ちなみにタイトルロールの「白眼鬼」とは、作中でとある人物が口にする「卑屈な鬼だ。絶えず世の中を、相手を白眼視してやまない鬼畜! 白眼鬼だったのだ!」のセリフによるもの。言葉の意や該当人物のポジションは必ずしも同じではないが、乱歩の『暗黒星』の中の「暗黒星」というキーワード、あの用法と似ていなくもない。

 先日ヤフオクで3万円以上(!)ととんでもない高騰価格で落札されていたから気になって借りて読んでみたけど、そこまで大枚をはたいて買う本でも読む本でも決してない。まあ運良く数千円レベルで古書で出会えたら(そんなのはなかなかありえない僥倖だろうが)購入してもいいかも。

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