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ミステリの祭典

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冬は罠をしかける

作家 楢山芙二夫
出版日1981年11月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点
(2019/04/21 02:09登録)
 ・・・・・・冬は罠をしかける 寒い罠をしかける
      あまり寒すぎるので 二人は愛しあってもいないのに 抱き合ってしまうだけなの・・・・・・
 ・・・・・・その肌のぬくもりは 愛と呼ぶほど強くはないけど それを信じさせるには充分な罠をしかける・・・・・・

 ニューヨーク西四十二丁目、通称"ポルノ街"の外れに事務所を構える日系人私立探偵エドワード・タキは、憔悴した日本人社長・岡田義男から仕事を請け負った。ソーホーのアパートから消えた留学中の娘・圭子を探し出して欲しいのだという。翻訳家志望の彼女はニューヨーク在住の支社員細野の紹介で、芸術家志望の人間たちの集まるロフトの一角に住んでいたのだ。失踪からは既に十七日が経過していた。
 岡田と共にロフトを訪れたタキは、友人の中国系アメリカ人パメラ・フォン・ブラウンの名前を聞き出し、彼女から失踪前の圭子が精神の均衡を失いかけていた事を伝えられる。
 タキに尋ねられたパメラが思い出したのは、去年夏旅行での出来事だった。二人は連れ立ってサンフランシスコに旅立ったが、帰途の大陸横断鉄道で、なぜか圭子だけが予定を変更し途中下車したのだという。〈ニードルス〉というモハーヴィ砂漠のただ中の小さな駅で。深い闇を湛えた夏の夜の砂漠に、一人佇む彼女の姿がパメラの印象に残っていた。
 タキはパメラが受けた最後の電話の音声からの思いつきで、ニューヨーク市警時代の友人バーンスタイン警部補に、当日のパトロール巡回のチェックを依頼する。圭子はパメラ・ヨシオカという偽名でオーバードーズに陥った状態のまま保護され、ロバート・ウチダと名乗るロサンジェルスの弁護士に引き取られたとのことだった。
 タキは圭子の行方を追い、三千マイル彼方のロスへと飛ぶが・・・。
 1981年発表。楢山芙二夫は数度のアメリカ放浪を経て小説家となり、80年代には矢作俊彦や大沢在昌の兄貴分格だった作家。以前取り上げた次作「天使の街の脅迫者」がアレだったので正直あまり期待してなかったんですが、これは「竜のグリオールに絵を描いた男」以来の当たりかな。 硬質かつ繊細な筆致で冬のニューヨークを描き、ジャズスポット《出口》の経営者グッドマンや友人アーネスト・バーンスタイン警部補など、いい脇役はいるものの全体的に小味。7点くらいと思って読んでたら結末付近で化けました。
 とにかくラスト前に登場するある人物が強烈。それまで白黒だった物語がいきなり総天然色に変わるぐらいな印象。読者に黒々とした闇を見せつけながら、ふと自らの虚無に気付きその暗黒に消えてゆく。実質この女性がヒロインですね。
 主人公タキも日系人として太平洋戦争中マンザナ収容所に拘束され、ニューヨーク市警時代には組織の腐敗に裏切られ、父を失い母も看取れず「自分の人生はどこで間違ったんだろう」と思っている人物。心に傷を抱える登場人物たちの陥る空白が、表題の指し示す「罠」なのでしょうか。真相はある程度見当が付きますが、それを差し引いても独自の地位を主張できる秀作だと思います。

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