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ミステリの祭典

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銀と青銅の差

作家 樹下太郎
出版日1961年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2019/04/17 13:41登録)
 順調に拡大を続ける電気製品メーカー楡製作所。現在の従業員数は二千名を越えるが、従業員数が五百名近くになったとき、会社はバッジを作り全従業員に手渡す。だが、バッジには二種類あった。銀バッジと青銅バッジ。課長以上しかつけられない銀バッジに、全社員はあこがれを抱いていた。
 臨時工員あがりの社員尾田竜平は、発送部から事務方、さらに社員に昇格し、一念発起した結果仕入課長代理として待望の銀バッジを手にする。だがそれはつかの間の夢に過ぎなかった。十一ヵ月後、彼は営業課に左遷され再び平社員、青銅バッジに降格されたのだ。しかも、寿退社した女子職員の代理として。さらに降格と同時に、かれの部下が課長代理に昇進するというおまけつきだった。
 楡製作所初の銀バッジから青銅バッジへの格下げ。あてつけのような左遷に憤懣を抱える尾田だったが「ばかになりきれ!」と自分に言い聞かせ、慣れない仕事にサボタージュを繰り返しつつ堪え続ける。
 そして三年後。待遇は変わらぬものの係長となった尾田にも部下が出来ていた。その一人、工場勤務に移された女子社員島木むつ江から彼は驚愕の事実を聞かされる。社長の右腕たる人事担当専務・進士文明のかくれもない愛人で、同じく女子社員の深井基代。彼女の差し金で、むつ江も尾田も降格させられてしまったというのだ。尾田の怒りは彼の忍耐を越えた。
 一方同期入社の親友大江もまた、進士専務に生き甲斐である絵画の道を閉ざされ、その代わりに望みもしない銀バッジと課長昇進を押し付けられようとしていた。二人が抱く憎しみは高まり続け、やがて専務への殺意となってゆく・・・
 1961年発表の第6長編。以前取り上げた「目撃者なし」の前作で、一般に樹下の代表作と思われるもの。
 プロローグで無理心中と思われる男女二人の死体が折り重なって発見され、玄関はもちろん全ての出口には厳重に鍵がかけられている。女性は絞殺されており妊娠三ヵ月。家屋はガスが充満しており、庭には例の銀バッジが。
 二人の名前は最後まで伏せられており、殺されたのは果たして誰か、果たして自殺か他殺か? これ一本で引っ張っていく小説。全三章、各三組のカップルが選ばれ、合間には思うに任せぬサラリーマン社会の鬱屈がネチネチと描写されます。
 ただ、安易に競争社会を糾弾する社会派にならないのが樹下の良いところ。いかにもアレ系の題材ですがそちらには向かわず、「どの社会にでもある人間同士の行き違い」で登場人物たちを動かしていく。これが今読んでも新鮮さを失わない理由でしょう。
 二種類のバッジの由来も社員管理などではなく「バッジ屋が頼みもしないのに試作品をふた種類持ってきた」「銀台を捨てちゃうのも惜しいよね」というしょうもないもの。進士専務も悪人などではなく、尾田の左遷もただの偶然。本来なら笑い話で済む所が、女の浅知恵が絡んでどんどんイヤな方向に転がっていきます。
 一章二章の尾田と大江の懊悩はかなり深刻で、このあたりはサラリーマン小説としても秀逸ですがなにぶん重い。その分ミステリとして軽く皮肉に纏めた感じですね。7点に限りなく近い6.5点といった所ですが佳作の多い作家ですので、これを最高作と言い切ってしまうのは躊躇われます。

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