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ミステリの祭典

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命売ります

作家 三島由紀夫
出版日1970年05月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/04/02 22:06登録)
(ネタバレなし)
 会社勤めのコピー・ライターとして安定した実績を重ねていた27歳の青年・山田羽仁男(はにお)は、ある朝、ゴキブリが手元の新聞紙のなかに潜り込み、そのまま活字のすべてが虫と化すおぞましい幻覚を見た。強烈な衝撃から死生観に著しい変化をきたした彼は平穏に生きる人生に意味を見失い、「ライフ・フォア・セイル」の告知を掲げて、相手の言い値で自分の命を自由にさせることにした。奇矯な人間が依頼人として続々と現われるが、新しい依頼がさらに発生するということは、死を志向する羽仁男が今もまだ生きながらえているという矛盾でもあった。やがて死と生の迷宮の果てに羽仁男が行き当たったものは?

 1968年の「週刊プレイボーイ」誌上に初出の、三島由紀夫による綺譚風ミステリ。殺人劇やエスピオナージュの要素も盛り込まれ(作品の背景のひとつには当時の007ブームもある)、広義のミステリの枠内に入れるにはやぶさかでないが、どちらかというと観念劇で大人の寓話またはおとぎ話っぽい。
 ただし死と生の二極の振幅という主題と作劇は、いかにも60年代なら相応に斬新だったが今となっては……という感じも強く、前衛的なようで全体的に古めかしい。さらに作者が迷いながら(あるいは手探りを楽しみながら?)書いているような部分もあるようで、第二のエピソードなど完全に紙幅の配分を間違えているのではないか(一回目に読んだときは、一体どういう展開になっているのか狐につつまれたような感じであった)。
 後半、主人公の羽仁男の立ち位置を思いきり相対化する、メインヒロインのひとり・倉本玲子が登場してからはストーリーとしては面白くなったが、その分、物語が最終的にどういう着地点を踏むのか見えてしまう。まあ半世紀前の作品だしな。
 時代を超えたメッセージみたいなものを見せてくれるのかと期待して読み始めた一冊だったが、思いっきり当時の空気を感じさせる作品であった。そういうものと思って読めば、それなりに。

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