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ミステリの祭典

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強盗心理学
フィリップ・セント・アイヴズ/原書オリバー・ブリーク名義

作家 ロス・トーマス
出版日不明
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2019/03/30 05:29登録)
(ネタバレなし)
「わたし」ことニューヨーク在住のフィリップ・セント・アイヴズは、元・弱小新聞の記者兼コラムニスト。妻子と別れた30歳代末の独身男で、新聞社の倒産を機にしばらく前から、トラブルに介入する交渉業「仲介人(フィクサー)」として収入を得ていた。今回の仕事は、なじみの弁護士マイロン・グリーンの指示。グリーンのとある依頼人の何らかの所有物が盗まれ、泥棒は相応の金と交換に品物を返すと言っているらしい。当の依頼人は言われた額の金を払っても、該当の品物を穏便に取り返したいようだ。大金を預かって窃盗犯が指示した場に来たアイヴズだが、そこには身体を拘束された泥棒の他殺死体が転がり、肝心の品物はどこにも無かった。警察の取り調べを経て釈放されたアイヴズはグリーンに事情を詰問。実は今回の依頼人が、NYの暗黒街でも知る者ぞ知る盗みの名人アブナー・プロケインだと知るが……。

 1971年のアメリカ作品。本書を原作にしたチャールズ・ブロンソンの主演映画『セント・アイブス』が日本でも公開された機会に邦訳された。いうまでもないが、作者オリバー・ブリークはロス・トーマスの別名。
 翻訳書は立風書房から1976年8月25日に初版刊行。しかしコレがややこしい仕様で、作者名に関しては
【背表紙】……「ロス・トーマス」
【表紙】……「ロス・トーマス=オリバー・ブリーク」
【奥付】……「オリバー・ブリーク」
と実にバラバラに表記されている。こういう本も珍しい(大笑)。訳者、出版社の編集者と営業との間で、作者名をどう表記するか各自の意見の食い違いでもあったのだろうか。
 ちなみに2019年3月現在(というかだいぶ前から)、Amazonには書誌データの登録が無い。これらの現実を踏まえて、日本ではどの作者名が一番公式性が高く、的確な表記なのか迷うところもあるが、今回は「ロス・トーマス」の項目に追加しておく。

 ところで評者は本作を大昔の少年時代に初めて読み、主人公アイヴズと中盤から登場するすれっからしの美人ヒロイン、ジャネット・ホイッスラーとの濃厚なセックス描写にいたく感銘(笑)。なぜかしばらく前からその頃のときめきがふと心に湧いてきて、そのうちまた読もうと考えていたが、このたび思い立って何十年ぶりかに再読した(笑)。
 白状すると評者はトーマス作品(翻訳書)は何冊か買ってあるものの、実は読んでいるのは今回再読したこの作品のみ(笑)。それで巷の噂で、トーマスの小説には独特の持ち味があるとか何とか見聞きしたような記憶もあったので、この作品『強盗心理学』も改めて読むともしかしたら強いクセとかがあって疲れるかなあ? とも予見していた。
 ……と思っていたら実際には、内面描写もあけすけな一人称小説で、さらにはテンポの良いダイアローグも多用。なにより筋運びも快調な上に、情景や雰囲気の描写も必要十分以上。随所のユーモアも欠かさない……と、読みやすさに関しては、少なくとも本書の場合この上ない。
 しかも主人公アイヴズを抱き込む泥棒紳士プロケインやその部下の若者2人(この片方が前述のヒロイン、ジャネット)、さらには事件に介入してくる刑事たちまで総じてキャラクターが活き活きと描かれ(それぞれの登場人物をちょっとした場面や叙述の効果で、ポイント的に印象づけるのがとてもうまい)、記憶していた以上に小股の切れ上がった、とても快い作品だった。
 肝心のミステリとしても、広義の密室状況といえるホテルの殺人(?)現場からの人間消失の謎(古典ミステリファンならニヤリとするあのトリック……というかギミックが導入されている)、さらに、これは意識的に打球をすごい飛距離のファールにしたんだろうなあ……という感じの、終盤で明かされるぶっとんだ犯人の意外性……などなど、予想外にトリッキィな感じに大喜びさせられた。

 今回読んだのはあくまでオリバー・ブリーク名義の作品であって、ロス・トーマスの主流作品も同じ感触かどうかはまだ何とも言えないが、いずれにしろ本作は記憶・予期以上にしゃれた筋運びの、意外性にも満ちた軽快な都会派ミステリという感じでステキだった(というわけで遅ればせながら、ほかのトーマス作品もおいおい読んでいこう)。
 なお仲介人セント・アイヴズはシリーズキャラクターとして活躍して、まだ何冊か未訳の作品も残っているらしいので、今からでもほかの登場作品を翻訳紹介してほしい。まあこれだけ間が空いちゃうと、単に紹介というより、もう未訳の旧作の発掘という感じではあるが。

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