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ミステリの祭典

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炎 流れる彼方

作家 船戸与一
出版日1990年07月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点
(2019/03/23 08:37登録)
 ツキまくりの余勢を駆ってアメリカに渡り、事業の失敗で一気に素寒貧に。二十四歳で持ち運をすべて使い果たし、周囲から揶揄と皮肉をこめて〈ラッキー〉と呼ばれる「おれ」は、流れ流れて辿り着いた霧の町シアトルで少林寺拳法を教えかつかつに暮らしていた。そんな折、困窮していた所を拾ってくれた友人の老ボクサー、ムーニー・ヘムロックにビッグマッチが持ち上がる。
 マイク・タイソンに匹敵するミドル級の超新星、キラー・ジョー・ウィリアムズとのセミファイナルだ。だがウィリアムズは将来の統一王者が確実視される二十九戦オールKOの殺人ボクサー、較べてムーニーは三十七歳、二十六勝十九敗三分十二KOのロートルだ。ファイトマネーは一万ドル。対戦者グレッグ・メアーズの事故による代役とのことだが、本来ならムーニーなどに廻ってくる話ではない。これは何かある。
 ラッキーは試合が行われるラスベガスへの途次で救った自殺志願の凄腕弁護士、ダーティー・サイラス・キムの助けでミス・マッチの謎に迫ろうとするが、その合間にも不可解な出来事が続発する。電話の盗聴に始まり大物オッズ・メーカーの八百長の誘い、シアトルの酒場《黒猫》のバーテン・ギャッツビーの出現、試合に疑問を抱く女性記者スーザンの籠絡・・・
 そして遂に頼みの弁護士キムまでが、首を縊って自殺した。もうムーニーを止めることはできない。果たして、キラー・ジョー・ウィリアムズとの試合の行方は?
 「砂のクロニクル」の前作。季刊誌「小説すばる」1988年冬季号~1990年春季号にかけての連載基本稿千百八十七枚に、三十枚弱の加筆修正を加えて上梓されたもの。「夜のオデッセイア」系列のアウトロー譚なんですが、アッチのように洒落っ気がある訳でもなく正直色々キツかった。
 船戸作品は基本みんな同じお話でサクサク読めていいんですが、ディック・フランシスと異なるのは政治性の強さ。普段は綿密な取材力でそれをカバーしていますが、肉付けの薄い本書では学生運動風のメッセージが少々鼻についてしまいます。
 ボクシング主体の前半から後半「高い砦」系の篭城戦への場面転換もちょっと強引。そもそも殺しても危険はないと判断したのなら、あんなまわりくどい手は使わないよねえ。後始末も派手過ぎるし。
 巻末に挙がる書籍も数冊程度といつもに比べ貧弱。円熟期とはいえ、書き飛ばした作品と思われても仕方ないでしょう。ちなみに参考文献の中にはエド・レイシイの「リングで殺せ」がありました。駄目じゃん。

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