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ミステリの祭典

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青春の仮免許(プレ・ライセンス)
改題『5秒間の空白』

作家 大谷羊太郎
出版日1979年03月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/03/19 06:08登録)
(ネタバレなし)
 その年のある嵐の夜、関東の一角にある企業・明陽不動産に二人組の強盗が入る。強盗たちは宿直の社員二人を拘束して社内の金を奪ったのち、その賊を手引きしたと思われる会社の警備職の社員とともに逃走。だがその三人の姿は、犯行に用いられた車とともに瞬時に地上から消失した? それから二十年。東大受験に失敗した18歳の秀才・弓木(ゆぎ)雅彦は苦汁の浪人生活を送っていたが、その年の五月八日、彼の父親で印刷会社の社長である俊郎が謎の失踪を遂げる。それからひと月、雅彦は行方不明の父の捜索を警察にも願い出ていたが、担当のベテラン刑事・並木益雄はよくある蒸発だとして捜査に消極的だった。雅彦は自らも父の足跡を追うが、そんな中で彼が出会ったのは美少女高校生ライダーの蓜島(はいじま)早苗。早苗は五月九日に自殺したとされる実の姉・亜利子の死が本当は他殺だと確信し、証拠となる手掛かりと犯人を探していた。やがて雅彦と早苗、二人の捜索は奇妙な接点を示して…。

 1979年の書下ろし長編。時たま入るブックオフで本書の改題文庫版『5秒間の空白』があったので手に取ってみる。考えてみれば評者は、大谷羊太郎作品は初読であった。題名(元版の方)からしていかにも昭和の作品、80年台の若者向けミステリだが、たまにはこういうのも面白いかなと思って読んでみた。ちなみにどうでもいいがAmazonの古書価は元版が3万円以上(このレビューの投稿時点・一応複数出品)でビックリ! 自分が見つけた文庫版の方は100円均一だったんだけど(笑)。

 平明で嫌味のない文章はとてもリーダビリティが高い。それで元版の題名からも自明な通り、本作の主題の一つはオートバイ。親一人子一人の生活からいきなり父親を奪われて自立を強いられる主人公・雅彦の成長ドラマが、その父親が愛好していたバイク趣味に雅彦自身が傾注していく流れとシンクロしながら語られる。
 作者自身がバイク大好きなんだろうけれど、モータースポーツにほとんど興味のない自分のような読者でも、免許取得の苦労と達成感、車種選定のノウハウ、油断した路上でのケガ、先輩ライダーである早苗との交流……などなどの叙述を介してぐいぐい引き込まれる。熱い。本筋のミステリの方にもちゃんとバイクによる追跡劇(そしてさらに…)を設けるあたり、作者なりの工夫とサービス精神が感じられる。
 ミステリとしては冒頭で提示され最後の最後まで引っ張られる人間消失の謎とトリックとか、(中略)な犯人の扱いとか得点も少なくない一方、人間関係が狭すぎたり、意外な真相が探偵役や警察の捜査や推理ではなく関係者の自供によって判明したりとかの短所もあり、平均すると中の中くらいか(ただし謎解きネタの積極的な詰め込み具合には、独特のパワーを感じる)。
 ミステリの興味を補強する部分が、前述の青春バイク小説としての熱量。いや、ミステリにそんなもの求めてはいないんだよ、バイクなんかどうでもいいんだよ、という自分でも結構面白く興味深く読めたのだから、これはホンモノじゃないかって(笑)。
 作者がミステリとしての作劇・構想上のノルマを一応は果たしながら、一方で自分の領分の好きなことを書いて相応の成果を上げた感じ。こういうのもまあ、いいでしょう。

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