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ミステリの祭典

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仮面劇場
由利麟太郎/旧題『暗闇劇場』

作家 横溝正史
出版日1964年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2019/03/12 17:52登録)
(ネタバレなし)
 昭和8年6月11日。瀬戸内海の観光船N丸は、洋上に浮かぶ箱のような筏(いかだ)のような、奇妙な一艘の小船に遭遇する。その船上にはガラス製の棺が設けられ、中には19~20歳と思われる絶世の美青年が死んだように眠っていた。そしてその脇に置かれた「盲にして聾唖なる虹之助の墓」と書かれる紙片。たまたまN丸に乗り合わせていた鎌倉の富豪で美貌の未亡人・29歳の大道寺綾子は、どのような経緯でこのような目にあったかも不明な虹之助を不憫がる。そんな綾子は同じN丸で知り合った名探偵・由利麟太郎の、もう少し冷静に、勢いで行動しないように、という忠告も聞かず、美しい三重苦の若者の後見人を買って出た。かくして大道寺家に迎えられた虹之助。だがこれこそが、綾子の恋人である冒険家・志賀恭三、そして彼の親族である甲野家の面々を震撼させる地獄絵巻の幕開けであった。

 昭和13年の「サンデー毎日」に原型の中編版が連載され、昭和22年に大幅に加筆改稿されて長編化された由利先生ものの一本(長編版の初刊行時の題名は『暗闇劇場』)。
 評者は大昔の少年時代に角川文庫版で最初に手に取ったものの、盲聾唖の美青年が(戦前の昭和とはいえ)現代の日本国内の洋上に、死装束で棺型の船に乗せられ漂ってくるという物語のいきなりの開幕に、あまりにも紙芝居だと爆笑してしまい(もちろん現実の身障者の方々を揶揄する気などは、本気で毫ほども無いが。ついでに言えば紙芝居という大衆文化も、真顔では軽視してません)、序盤で読むのを中座。それ以来何十年も放っておいた。ああ、人生のなかで自分は何回、「盲にして聾唖なる虹之助の墓」の一文を思い出しては笑い転げたものか。

 それで今回、柏書房の「由利・三ツ木探偵小説集成」の三巻にしっかりした編集で収められたのを良い機会と思って、例のごとく<長きにわたるミステリ読者ライフの宿題のひとつ>に挑戦してみたワケである。
 はたして久々に目にした冒頭の外連味はもはやパブロフの犬なみにまたも評者の爆笑を誘ったが、中盤以降の怪異な連続殺人のスリラー劇、そしてその上で狙い定められたフーダニットパズラーとしての面白さはなかなか読ませた。ちょっとしたミステリファンなら海外の某名作やのちの横溝自身のかの著作などを連想させるところもあるだろうが、その辺はその辺で横溝ファンの末席のひとりとして興味深い面もある。
 真相の意外性については特に(中略)などのポイントにおいて今でも論議を呼ぶだろうが、当初から作者はこの構想のもとに本作を綴ったのだろう。個人的には、これまで読んだ横溝の諸作のなかで、最も20世紀終盤からの新本格パズラー群に近しい味わいを感じた。近く原型の中編版の方も読んでみよう。

 最後に、さらば、虹之助。とにもかくにも本書にカタをつけて一編のミステリとしての見極めをした現在、もはやこれまでのようにキミのことを思い出しただけで爆笑することはあるまい。 

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