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ミステリの祭典

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魔弾の射手
エロイカより愛をこめて

作家 青池保子
出版日1983年07月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2019/03/02 19:29登録)
 1980年代初頭の冷戦期、西側の偵察衛星は、東ドイツ国境付近で不穏な動向を示すワルシャワ条約軍の動きを捉えた。NATO情報部西ドイツ支部は東側の動きを探るため、「鉄のクラウス」ことクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐をウィーンへと派遣する。ボリショイ・バレエ団のレセプションに随行する東側の大物内通者、ニコライ・ウラジミロフ准将――暗号名〈イワン〉に接触し、情報入手を依頼するためだった。
 シェーンブルンの森で首尾良く准将との会合に成功するエーベルバッハ少佐。だが彼はその場で、ウラジミロフからの亡命の申し入れと、それに先立つ前提条件を提示される。亡命前に自分を頂点とする二重スパイ網の残る二人、暗号名〈ボリス〉および〈レオニード〉を救ってほしいというのだ。
 情報の漏洩に気付いたKGB内部監査機関・特殊捜査局の最高幹部「モスクワのおじさん」が活動を開始し、既にスパイ網の〈ドミートリィ〉〈ピョートル〉は抹殺されていた。彼の手先となる暗殺者の名はオレグ・グリヤノフ。14歳の時からKGBに殺しのプロとして純粋培養され「魔弾の射手」の異名を持つ凄腕の狙撃手だという。
 〈イワン〉の要請を受け、エーベルバッハ少佐はスパイ網No.2である〈ボリス〉と接触する為パリへと飛ぶが、「魔弾の射手」オレグは全ての準備を済ませると同時に、少佐自身にも狙いを定めていた――。
 少女漫画誌「プリンセス」昭和57年8、9月号に掲載された「エロイカより愛をこめて」のスピンオフ作品。ホモの怪盗エロイカもドケチ虫のジェイムズ君も、ボーナム君もSISのおちゃらけロレンスも、アルファベット暗号名の付いた少佐の部下たちも登場しないシリアスオンリーの番外編にして、東側二重スパイ網を巡る謀略戦。
 パリで接触した〈ボリス〉ことボローニンは長年のダブルスパイ生活で疑心暗鬼に陥り、救出に来た少佐にも〈レオニード〉の居場所を教えようとしません。二人はとりあえず〈レオニード〉の住むアムステルダムへ移動しますが、獲物の心理を知り尽くすオレグは〈ボリス〉に巧みに揺さぶりをかけます。さらに彼らのせめぎあいにはNATO情報部の動きに気付いたCIAも加わり――。
 アクション要素も加味した本格エスピオナージュ。少佐とオレグの対決はやや拍子抜け気味ですが、大枠のストーリーは予想は付くもののまあ綺麗に着地してます。骨格はともかく肉付けが弱く「鉄のクラウス」のキャラクターに頼り過ぎなのが難。ちょっとページ数少ない気はしますね。とはいえ100P前後の少女マンガでこれだけ描ければ立派なものでしょう。
 今となっては「読んでみてもいいかな」くらいの出来ですが、もし読むのなら文庫版よりも「エーベルバッハのイノシシ像」というふざけた後書きの入った、単行本での購読をお薦めします。6点作品。

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