神話の果て 南米三部作 |
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作家 | 船戸与一 |
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出版日 | 1985年01月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 雪 | |
(2019/01/27 03:37登録) 業界第三位の鉱山会社アングロ・アメリカン鉱業(AAM)は、南米ペルーのチャカラコ峡谷に未曾有の天然ウラン鉱床が眠っていることを突き止めた。超高品位の鉱石が三十三万トン。世界のパワーバランスを覆しかねない量だ。だがそこはゲリラ勢力「輝く道(センデロ・ルミノソ)」の影に隠れ、静かに勢力を増しつつある謎の組織「カル・リアクタ(遥かなる国家)」の本拠地だった。「カル・リアクタ」はアンデス山脈のインディオたちの中で育まれ、ラポーラ(翼)と呼ばれる指導者に率いられているらしい。 古代アステカ帝国の征服者コルテスの言葉通り「土民の富を完膚なきまで略奪しようと思うなら、まず王を殺さねばならない」。だが標的であるラポーラは、人間の活動限界を超える地上四千メートルの高地にいるのだ。 AAMの担当者エドモンド・クロンカイトは作戦責任者のイギリス人クリストファー・ビッグフォードと共に、成功の鍵を握る日本人・志度正平を視察する。マンハッタンのブルーム通りで酔っ払い、抵抗もせず殴られる彼の姿は、クロンカイトには到底承服できないものだった。 彼は万一の保険として予備の非合法員であるフランス人、ジャン=ポール・ギランに接触し、不気味なカンボジア人ポル・ソンファンを紹介される。ビッグフォードを丸め込み、この男に計画を遂行させるのだ。 イギリス人はそんなクロンカイトの行動に激怒しソンファンの加入を拒絶した。だが強烈な殺人衝動に駆られるソンファンは一旦動き出したら止まりはしない。彼はビッグフォードに続き怯えたクロンカイトも殺害し、志度をも抹殺した上で目的を遂げようとする。 一方ギランはソンファンに盗ませた暗号メモを解読し、ウラン鉱床の情報をCIAに売りつける。政治的均衡の崩壊を怖れるCIAは、伝説的工作員ジョージ・ウェップナーのペルー派遣を決定。旧知である彼の手で志度を仕留めさせようというのだ。 志度正平、ポル・ソンファン、ジョージ・ウェップナー。三つ巴の戦いがアンデスの山々に繰り広げられる。そしてカル・リアクタの指導者、ラポーラとはいかなる人物なのか? 「山猫の夏」に続く南米三部作第二弾。『小説推理』(1984年1~7月号)の連載に約250枚の加筆修正を施したもの。いつもの船戸節で一気に読ませるところは変わりませんが、「山猫」に比べ人物造型やアクションは抑え気味。というのは志度ら非合法員たちの争いを描くのが主目的ではないからです。 中盤から終盤にかけて物語の真の主人公として姿を現すのはインディオの民族組織「カル・リアクタ」そのもの。「山猫」ラストで希望を繋ぐ一要素として点描されるだけだったものが、本作では時代のうねりとして活写されます。 国境を越え、白人たちの小賢しい目論見も超えて動き出す民族運動。全てが終わった後でもたらされる喪失はこの物語の中でも特に救いの無いものですが、その行為を担うのが少数民族ジプシーの老婆というのが象徴的です。 「これからは希望とか失望とかそんなこととは関係のない日々がやってくる。(中略)これからは喜びも悲しみもなく、小さな想い出すらが生じない時代がやってくる・・・」 他の南米二長編に比べ語られることは少ないですが、物語性を削ったその分をメッセージ性・先見性に割り振ったもの。タイトルの「神話」とは古代のそれではなく、実は白人優位神話の終わりを指すのだなあ。発表年代を考え合わせると、もっと注目されていい作品だと思います。 |