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ミステリの祭典

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あしたのジョーばらあど

作家 正木亜都
出版日1986年05月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/01/21 20:45登録)
(ネタバレなし)
 1980年代半ば。300万部の発行部数を誇る少年向けの劇画週刊誌「ボーイズ・コミック」は、弱冠23歳の若手劇画家・矢吹徹の超人気作品『ゴッド・アーム』を看板タイトルとしていた。1960年代から人気を博した青春ボクシング漫画の名作『あしたのジョー』に薫陶を受けた矢吹(本名・小野寺孫一)は元放送作家の大谷貴彦の原作を得て『ゴッド・アーム』を大ヒットさせ、年収5億円を稼いでいたが、一方であっという間に出版界の寵児となった彼は自分の行動に歯止めも利かず、周囲に敵も多かった。そんな矢吹がある日、洋上の自分のヨット上で惨殺される。警視庁の塙鶴太郎警部補と亀石三郎部長刑事は矢吹殺害事件の捜査に乗り出すが。

 『あしたのジョー』『巨人の星』『タイガーマスク』そのほか多数の名作の原作者・梶原一騎が、その実弟でやはり劇画原作者の真樹日佐夫(代表作『ワル』ほか)と合作し、正木亜都(まさきあつ)の筆名で書下ろした長編ミステリ。正木亜都名義の作品としては三冊目の長編となる。この題名から分かるとおり、もちろん物語は、梶原自身の原作作品(高森朝雄名義・ちばてつや作画)の『あしたのジョー』がモチーフ。メインキャラクターで被害者となる矢吹のペンネームは、当然ながら劇中でもあなたが思ったとおりのネーミングでつくられている。
(ちなみにこの「矢吹徹」の筆名って、現実でもアニメ演出家の出﨑統氏がアニメ『侍ジャイアンツ』第一話の絵コンテを切る時に使っている。)

 漫画&アニメ版の『あしたのジョー』ファンで、梶原一騎の凄絶かつ繊細な経歴に以前から関心のある筆者のような読者には複雑な思いを抱かせそうな内容であり、そのうちいつか目を通そうと考えていた一冊だが、思い立って今回読んでみる。

 それでまあミステリとしては一応は犯人捜しのフーダニットだが、手がかりは後から出てくるわ、実は……の意外な人間関係は筋運びに倣う感じで明かされるわ、で、あんまり誉めるところはない。事件のややこしくなった状況と、物的証拠となるアイテムのミスディレクションだけはちょっとだけ面白いかもしれないけれど。
 一方で風俗小説というか、劇画出版界を舞台にした情報小説的な方面は流石にそれなりにみっちり書き込まれている。あろうことか、現実に傷害事件を起こし、その直後に大病で入院することになった大騒ぎの渦中の梶原一騎自身も、ちゃんと本人の役割で(実名は出ず「『あしたのジョー』の原作者」とか「男」とかそういう叙述で語られる)登場する。この辺のメタ的な趣向はちょっぴり楽しい。
 さらに60年代の『ジョー』も『巨人の星』も漫画単体としては大ヒット作品で今なお世代を超えて読み継がれる大名作ながら、一方でその時期にはテレビゲームそのほかのマーチャンダイジング商法文化が円熟しておらず、時代が早すぎた、本当ならもっと儲けられたんだ、というルサンチマンも匂ってきそうな叙述など下世話に面白い。原作者・大谷のシナリオをあくまで踏み台にしかしない作画担当・矢吹の描写も、かねてよりのもろもろの梶原ロマンの愛読者には複雑な思いを抱かせる。
 まー、見方によっては、よくもまあ、原作者自らあの『あしたのジョー』をこれだけネタにしてくれたもんだ、という気がしないでもない一方、自作に込める作者自身の、あまりに複雑で大きな思いまで感じさせる面もあり、そういう意味では一筋縄でいかない作品。
 まあ梶原ファンなら一回くらいは読んでおいて、何かを感じてくれてもいいかもしれない。そんな一冊ではある。

 ちなみにあとがきというか解説は、東京ムービー(現トムスエンタテインメント)の創設者で、日本アニメ界に名を残す傑物・藤岡豊が、梶原一騎との交流を語る形で執筆。こっちもその種のファンにはなかなか興味深い。
 ところでこの藤岡豊の解説で初めて知ったのだが、梶原兄弟のこのペンネーム「正木亜都(まさきあつ)」って、「正気のあと(狂奔が静まった後)」の意味だったそうで、ちょっと驚いた。自分は長らく「マーシャルアーツ」が元かと思っていたので。

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