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ミステリの祭典

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霧に棲む鬼

作家 角田喜久雄
出版日1952年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2019/01/16 04:18登録)
(ネタバレなし)
 恋人だったはずの男に体と金を奪われて棄てられた若い娘・桂木美沙子。その夜、彼女はアパートの自室で自殺を考えるが、そこに町田という男が追っ手に追われて駆け込んできた。美沙子は成り行きで、彼を匿う。翌朝、迷惑をかけたと謝罪して退去する町田から頼まれ、美沙子は彼が持っていた箱を預かった。美沙子は後刻、それを町田から言いつかった場所に持参するが、そんな彼女は次第に、自分の本当の素性「高遠美沙子」に関わる陰謀に巻き込まれていく。

 中島河太郎の「推理小説事典」によると、1950年に八社連合系新聞(連携する当時の地方新聞8紙の意味か)に連載されたサスペンススリラーらしい。
 角田作品としては前年の『黄昏の悪魔』に連なる<薄幸の若い女性主人公がなぜか次々と理不尽なひどい目に遭う物語>の系譜。
 さらにどこかのwebのレビューで<本作はくだんの『黄昏』とほとんど同一プロット>とかなんとかいう記述を見たような記憶があるので、それってホントかなと気になって、読んでみた。今回は、1976年の青樹社の再刊版(たぶん同じ出版社の1965年の書籍の新装版)で読了。

 しかし本作『霧に』の現物を読んでみると<幸福がとびこんできたシンデレラ的な立場の主人公ヒロインが、その周囲に集まる複数の人物の悪意や策謀によってしつこく苦しめられる>という主題こそ『黄昏』と同一だが、実際には犯罪の構造や全体のキャラクタ-シフト、さらには肝心のヒロインの作劇上のポジションなどかなり異同があり、決して同一プロットとかリメイクとかいう出来のものではない。せいぜい姉妹編という感じで、他の作家の作品で例えるならウールリッチの『黒衣の花嫁』と『喪服のランデヴー』くらいに、大枠としては同じであり実態としては違っている。特に本作ではメインヒロインに続く準ヒロイン的なキャラクタ-や、前作とは趣の異なる犯意を秘めたキーパーソンが登場しており、その分、結構、味わいが異なるように思えた。

 読者をとにかく退屈させないため、作者が話を恣意的に転がす通俗スリラーなので、劇中で複数回起きる殺人事件に関してフーダニット的な興味は薄いし、さらに終盤で、ある人物の意外な素顔が判明するのは良いのだが、それだったら遡って前の方の叙述はどうなの? と言いたくなるようなこなれの悪さもある。ただ一方、後半のベクトルが明確な展開は、読み進むにしたがって物語がゴタゴタしてきた『黄昏』よりはスッキリしているし、何より本作独自の趣向として用意された某キャラクターの歪んだ情念は、ちょっとインパクトがある。あまり多くを期待しなければ、そこそこ面白い昭和スリラーだろう。

 ちなみにこの青樹社版には、巻末に二つの短編『喪服の女』と『髭を描く鬼』を併録。『喪服~』は紙幅の割に込み入った話だが、一見、無関係に羅列されているように見える事件の交錯ぶり、次第に明らかになってくる物語の全貌などなかなか読ませる。
 『髭~』は長編『高木家の惨劇』などでおなじみの加賀美捜査一課長もので、富豪の殺人現場周辺の複数の絵画や写真にしつこく描き込まれたヒゲの謎を推理の興味とするもの。クイーンの某短編を想起するネタだが、もちろん解決は別もの。ホワイダニットとしては、ちょっと面白いところを狙っているかもしれない。いずれにしろ本書(青樹社版)はメインの長編より、このオマケの短編二本の方がミステリとしての密度感はある。

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