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ミステリの祭典

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ホンコン野郎
海賊紳士アンディ ・ケイン

作家 カーター・ブラウン
出版日1964年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2025/05/08 06:14登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことアンディ・ケインは香港在住9年目、宝石や銃器類を密輸して(ただし麻薬は扱わない)暗黒街では「悪魔の兄弟分」「香港の名物男」として知られる青年アウトローだ。そんなケインのもとに大柄で小麦色の肌の美人ナタリー・ダヴから相談がある。彼女の話では戦時中に、パイロットだった兄のレイが特命を受けて軍用金100万ドルを運んだが、輸送機が海に墜落。大金も海底に消えたまま、レイ当人は日本軍の収容所で獄死したという。レイは収容所で一緒だった男ジョナサン・カーターにその情報を遺したが、そのジョナサンは戦時中に敵国に利敵行為をした戦犯として戦後もずっと収監されており、ナタリーが海底に今も眠る軍資金の存在を知ったのはつい最近だという。ナタリーは噂の快男児ケインに軍資金の捜索の協力を願うが、同じ獲物を求めて多数の者が群がってきた。

 1962年のクレジット作品。海賊紳士(というより単に気風のいいアウトロー)アンディ・ケインものの第一弾で、日本ではシリーズ第二作『金ぴかの鷲』の方がなぜか先に訳されたが、できるならこっち(本作『ホンコン野郎』)から読んだ方がいい。
 理由は先に『金ぴか』を読んでしまうと、後半、主要人物がどんどん退場してゆく本作のなかで、誰がシリーズのレギュラーキャラとして次作まで残留するのかわかってしまうから。

 物語の前半で犯人不明の殺人事件も起きて、その意味ではフーダニットミステリの要素もある本作だが、大筋は複数の陣営によるお宝の奪い合いで、終盤はけっこう血なまぐさい。ダニー・ボイドものならともかく、アル・ウィラーものではまずお目にかかれない殺伐さだ(まあウィラーも、時にはけっこう荒ごとを躊躇なく行うのだが)。
 途中はやや冗長感はあるが、後半、ケインが窮地に陥ってその危機から苦闘しつつ脱するくだりは、なかなかハイテンションで面白い。最後の方はフツーに楽しめた。
(しかしこの作品、やっぱり少年時代に一度読んでいたな。ある場面を読んで思い出した。邦訳のあるケインものの二冊のうち、どっちかは既読だと思っていたが、それはたぶん次の『金ぴか』の方だろうと誤認していた)。

 巻末の解説は、海外ミステリ研究の歴史の中に消えてしまったひそかな大物(と勝手にこっちが思っている)で、たぶん日本最高峰のカーター・ブラウン研究家の白岩義賢氏が担当。
 実に丁寧に、本作そのものの読みどころと、さらに複数のカーター・ブラウンの主人公たちのなかでこのアウトロー海賊アンディ・ケインがどういう独自性があるのか語っており、その辺もファンには嬉しい。数年前にネットでこの方のお名前を初めて検索したところ、どこぞやの新聞か雑誌の編集者さんだったはずだが、まとまったミステリエッセイの著作みたいなものを書いておいていただきたかったとつくづく思う。
 時代のなかで一過性で、本気で自分の好きなミステリへの熱い思い入れを語り、そのまま歳月の流れのなかで表舞台から消えていった文筆家たちのいかに多い事か。

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