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ミステリの祭典

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鉛の小函
白嶺恭二

作家 丘美丈二郎
出版日2013年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2018/10/21 02:27登録)
(ネタバレなし)
 昭和二十五年(1950年)の春。若き探偵小説作家の丘美丈二郎は、元戦闘機乗りだった旧知の男・白嶺恭二の訪問を受ける。丘美と白嶺はこの時が戦後二度目の再会だった。白嶺は怪しげな鉱物が納められた鉛の小函を携え、自分の不思議な体験を手記の形にしてきた、この原稿を読んでから小函を注意しながら開けるようにと言い残して去った。面食らった丘美は原稿に目を通さずにいたが、いつしか白嶺の訪問から二年半の歳月が経ち、その間、彼の行方は杳として知れなかった。丘美は気になってようやく原稿を読み出すが、そこに書かれていた内容は、世界各国の叡智をひそかに結集して実行された壮大な宇宙航行計画の顛末だった。

 1949年、当時の「宝石」の新人賞コンクールに入選して作家デビューし、その後、長短数十編のミステリとSFを著したのち探偵小説文壇を去った作者・丘美丈二郎。丘美は昭和期の東宝特撮映画の名作『地球防衛軍』『宇宙大戦争』『妖星ゴラス』の映画用原作提供者としても有名(さらに本邦初の宇宙怪獣映画『宇宙大怪獣ドゴラ』の原作者でもある)だが、その小説分野での代表作として知られるSF長編が本作である。初出は「宝石」の昭和28年7月増刊号(新人長中篇推選号)で、原稿用紙320枚の目玉作品として同号の目次に表記されている。ちなみに本作は、1954年の日本推理作家協会賞の奨励賞を受賞。

 本作は、2013年に論創社から刊行された『丘美丈二郎探偵小説選〈1〉』で初めてまともに書籍化されたが、世代人ミステリファンには周知の通り、雑誌「幻影城」1978年3月号にも当時25年ぶりの復刻の形で一挙掲載(再録)されている。同誌同号にはまだ健在な丘美自身(本人は2003年に逝去)の述懐記事も添えられており、評者は今回、この「幻影城」版の方で読んだ。
 なお「幻影城」では本作をなぜか原稿用紙380枚の紙幅と初出時より多めに謳っており、どちらが正確か、あるいは版に異同があるかの確認を含めてこの辺の事情は不明。
(いずれ論創の丘美小説選の解説を読めば、わかるであろー。たぶん~笑~・)

 小説中の主要人物・白嶺の回想手記という二重形式で語られる物語は、太陽系内の科学探査と独自の宇宙航行計画の実証を企図したユダヤ系の大天才学者ヴェー・アイゼンドルフ博士を首魁とする世界中から集められたライト・スタッフの宇宙航行までの準備、そして実動の記録。
 評者は大系的に日本の古典~近代SFを読んでいる訳ではないので、本作が本邦の宇宙SFものとしてどのような位置に来るかは未詳。それでも物語の前半を費やして宇宙艇建造基地でのシミュレーション訓練の日々を語り、宇宙航行中ならこういう事が起こりうるだろう、という科学的デティルを丹念に次々と確認。それを白嶺の視点を通じて一般読者に興趣豊かにまた時にドラマチックに読ませる筆致はなかなか快調である。
 丘美は前述の「幻影城」用の新規エッセイで、後年~現在(1978年当時)までのSF作品の相応数が科学的根拠や正しい知見に基づかず、単に想像力に頼ったものも少なくない事に不満を露呈。たしかにこの作品『鉛の小函』も厳密に21世紀現在の見識で学術的に正確かどうかはともかく、丘美なりの当時の正確な科学観に基づいた描写を連ね、それが面白い読み物に繋がることを狙っていると感じられる。
 一方で世界中から集まったスタッフたちによる国家論や政治観には作者の饒舌な思弁が混じるが、これはまだ大戦の傷が癒えず占領軍配下の国情を考えれば仕方がない面もある。少なくとも作者は甚だしく倫理的に反した信条を登場人物に語らせてはいないと思う。

 それでもちろん、本作は小説のカテゴライズ的にはまぎれもないSFなのだが、発表の場が探偵小説専門誌「宝石」ということもあり、ミステリ的な手法を用いたサプライズ、具体的には劇中人物のある意図による知略も設けられている。後半の太陽系内の宇宙旅行編でその辺りのギミックは機能するが、いい感じに作品の持ち味をひとつふたつ深めている。
 1950年代の新古典日本SFという前提は踏まえるべき旧作なのは間違いないが、21世紀の現在読んでも多様な興趣を得られる作品ではあった。
 あと印象的だったのは、主人公たちの乗る宇宙艇に最後まで固有の名称が与えられていないこと。この辺も宇宙航行装置を人称的なキャラクターとは決して捉えず、あくまで科学実務のための巨大なツールと見なしていた丘美の視座が読み取れる気もする。

 ちなみに本作の実質的な主人公である白嶺恭二と、同じく宇宙艇に乗り込む日本人の科学者・瀬木龍介は他の丘美作品にも登場するキャラクターだそうである。活躍する物語はSFに限らずミステリ編にも及ぶというので、同じ世界観の枠内で登場するのか、それとも一種のスターシステム的に別設定で出演するのか。おいおい、その辺も楽しみながら確認してみたい。

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