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ミステリの祭典

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マラソン・マン

作家 ウィリアム・ゴールドマン
出版日1975年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2018/12/07 01:44登録)
(ネタバレなし)
 オクスフォード大学を卒業し、現在はコロンビア大学の大学院で社会歴史学を探求する25歳の青年「ベーブ」こと、トーマス・バピントン・リーヴィ。彼は学者として大成すると同時に、好きなマラソンでも優れた成果を上げることを目標とする。そんなベーブには、赤狩りの時代に同じ分野の学者だった父が汚名を着せられ、自殺に追い込まれた悲劇の過去があった。異性関係はとぼしいベーブだが、ある日、図書館で美人看護師のエルザ・オペルと対面。二人は関係を深めていく。その頃、アメリカの某所では、秘密機関の謎の工作員「シラ」が血臭漂う闘争を続けていた。

 1974年のアメリカ作品。ダスティン・ホフマン主演の映画版で一般には有名な作品だが、評者はそちらはまだ未見。原作の方は今回、思い立って数十年ぶりの再読となる。
 実は(中略)というキャラクターの配置や、中盤から明らかになる(中略)などの大ネタ、それにクロージングの感触などはさすがにしっかり覚えていたが、読み直してみると、あれ、こんな話だっけ? という部分も相応に多かった。
 物語の前半、主人公ベーブの叙述と並行して、もう一人の主人公格といえる暗殺者だか工作員だかの荒事師シラの描写が断続。さらに別の場面に転換してまた違うキャラクターの動きも挿入される。全体の構造が見えないながら、やがてこれらの物語のパーツがまとまっていくんだろうなという牽引力は確実にあり、そこらへんはまあ良く出来ている。実際、面白い。

 ただまあ再読して思ったのは、良くも悪くも半ば以降の物語というか事件の構造が存外なまでにシンプルなことで、ここまで曲のないストーリーだったのか、と虚を突かれた。
 もちろん小説の細部としては、そこだけが特化して有名になってしまった(中略)による拷問シーンや、実在の名ランナーたちのイメージに導かれながらベーブが市街を疾走する場面、さらに序盤から登場の脇役の気の利いた活躍など、いくつかの印象に残るポイントはある。が、軸の部分の簡素さは……まあ、こういう作品だったんだよなあ、という感じであった。結局、物語の後半は大きなツイストで勝負に出る作品ではなかった、ということだから、それ自体に文句を言うのは不適かもしれないが。

 あと、改めて読むと、主人公ベーブの後半の戦いの動機がいまひとつ染みてこない。家族との絆、自身の怒り、あまりに多くの人命を軽んじた巨敵への義憤、それらもろもろの情念がないまぜになった反撃なのはわかるのだが、ラスボスに向けての物言いなど、きいたふうなセリフがかえって興を削ぐ。個人的にはウィリアム・ディールの『27』のクライマックスのような、主人公のどうにもやり場のない憎悪、強烈な復讐の念の向こうに、裾野の広い義憤が見えてくる、あんな種類の感覚をここでも味わいたかった。

 まあ素で読めば悪くない一冊なんだけどね。昔読んだ際の好感触が、記憶の思い入れのなかで膨れ上がりすぎたところはある。

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