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ミステリの祭典

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野球殺人事件

作家 田島莉茉子
出版日1951年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2018/10/08 16:51登録)
(ネタバレなし)
 昭和二十年代。日本のプロ野球界は沢村栄治などの巨星を先の戦火の中に失いつつも、世の中の絶大な人気を集めながら復興していた。そんな中、新進探偵小説作家の坂田兵吾は、先に復員してきた同窓の旧友で、プロ球団「東京ホワイト・ソックス」の花形エース、沢井誠一からある日、相談を持ちかけられる。それは沢井自身を含むチームメイトの周辺に、八百長を強要する小悪党が出没。その対応に苦慮しているという内容だった。坂田はソックスの面々にさりげなく接触して実状の確認を図るが、八百長に加担していたらしいチームメイトの一人が数万の観衆の目前で毒殺される事件が勃発する。やがて事態は、不審な密室殺人をふくむ連続殺人事件へと発展して……。

 昭和23~24年にかけて短歌雑誌「八雲」に連載され、昭和26年に岩谷書店から刊行された長編ミステリ。作者名を逆さに読むと「こまりました」となる覆面作家の正体が、メインの執筆は「紙上殺人現場」の大井廣介(広介)、さらに執筆協力者が埴谷雄高と坂口安吾というのは、現在では定説となっている(ようだ)。
 ミステリ戦後昭和史についての記述を探求すれば時たま出てくる一冊のはずで、以前からいつか読もうと考えていた。それで今年の夏に思い立って、割合廉価だった状態の良い古書(復刻版)を通販で購入(1976年に深夜叢書社が「野球殺人事件刊行連盟」の刊行者名で復刻した限定1000部の箱入り上製本)。このたび読んでみた。
 序盤から数万人単位の観衆の目前での殺人という派手な趣向で(有馬の『四万人の目撃者』が1958年の刊行だから本書の方がずっと早い)読者を掴みにかかる。さらにキャバレー内の数十人の衆人の中での殺人、夜陰のなかの狙撃事件、安アパートでの不思議な密室殺人……とギミックは目白押しに盛り込まれ、その辺のサービスぶりは作者(たち)がいかにも趣味で楽しみながら著した謎解きミステリという感じでとてもよろしい。犯罪現場にひとつひとつ、登場人物はその時ここにいた、という配置図を用意する趣向も気が利いている。ただしまあ、一件ごとの犯罪が散発的で、相乗感と加速感に乏しいのはナンだけど。
 密室の実態が今となっては旧弊な機械トリック系だが、これは個人的にはご愛敬で許せる。細々と伏線を説明して回収していく手順も、全体の連続殺人の意外な真相も、それぞれなかなかよろしい。動機はいかにもこの時代の……という感じのもので、その意味ではある種の感興もおぼえる。問題は犯人のある行動がかなりラッキーな成り行きを前提視していることで、もし(中略)だったら……かなり危なかったんでないかとも思ったが、まあここも許したい(笑)。
 ちなみに最後の二行はイヤな感じだが、まあいかにも娯楽ミステリに文芸作家らしい苦みを一さじ加えて終えたかった送り手の気分もうかがえ、そう思えば可愛く見えて来ないこともない。
 坂口安吾ミステリのファンなども、これは話のタネに読んでおいてもいいでしょう。

余談1:主人公の坂田は以前(戦前?)に『Yの悲劇』を翻訳したという設定である。モデルが推定できるかな。
余談2:この1976年の復刻版は内容の確認もなく刊行したのかどうか、主人公・坂田の妻の名前の八重が一部だけ八重子になってたり(51ページ)、当初は専務という設定で登場したホワイト・ソックスの幹部の戸村鎌十郎が94ページでは「事務」になってる。専務と事務じゃ大違いだと思うんだけど(笑)。こういう誤植も珍しい。

■注意……作中で『グリーン家』『黄色い部屋』『三幕の悲劇』をモロネタバらし。『黒死館』『Yの悲劇』の真相にもちょっと踏み込んでいる。本書をこれから手にする読者でその辺を未読のヒトはそういないと思うけど、一応、警告しておきます。

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