飛べ!フェニックス号 別題『飛べ!フェニックス』 |
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作家 | エレストン・トレーバー |
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出版日 | 1968年01月 |
平均点 | 8.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 8点 | 人並由真 | |
(2020/05/09 00:23登録) (ネタバレなし) サハラ砂漠の上空を飛ぶ、双発のプロペラ機サーモンリーズ・トラック・スカイトラック機。その機内には50歳のベテランパイロットの機長フランク・タウンズ、彼と3年にわたって相棒を務める航空士の青年リュー・モラン、そして奥地の石油採掘キャンプから乗り込んだ12人の乗客が搭乗していた。だが約5000メートルの上空で機体に異常が生じ、やむなくスカイトラック機はまったく何もない砂漠の真ん中に不時着する。2人の乗客が死亡し、一人が重傷。炎天下の中、無事な11人の乗客は生き延びるために懸命になるが、やがて中破した機体を前に、乗客の一人で設計技師のストリンガー青年が奇想天外な脱出策を提案した。 1964年のイギリス作品。 本作の映画化作品『飛べ! フェニックス』は、大傑作『北国の帝王』やマイク・ハマーの『燃える接吻』の映画化『キッスで殺せ!』などで有名なロバート・アルドリッチ監督の代表作の一本として有名。ただし評者はどうせならこれは原作から先にと思いながら、本を購入してウン十年経ってしまっていた。とーぜんながら、今日ようやっと原作小説を読んだので、映画はまだ観ていない。ま、評者の場合、実によくあるパターンである(笑)。 エレストン・トレーバーすなわち、「アタマ・スパイ」こと英国情報部の史上最強のスーパースパイのひとりクィーラーの生みの親アダム・ホールであることはもちろん知っていて、あまりに長い歳月、敷居が低く手がけ出しにくかったのは、その辺の事情もあった。だってそれだけ、クィーラーシリーズの諸作はガチで歯応えがあるんだもの。 とはいえ、本作「飛べ!フェニックス号(飛べ!フェニックス)』の場合は、あくまで大枠はサバイバル冒険小説。エスピオナージュ的な腹の探り合いや人間関係の駆け引きなどはそう表面に出ないだろ……と思いきや、いや、その辺はあまりにも読みが甘かった。 登場人物12人の大半の挙動は、最悪の非常時にあっても常におおむね冷静であり「お前のせいでこうなった」とかの子供じみたことを喚く感情的な愁嘆場などはほぼ一切ない。重傷の乗客も、同乗の動物(お猿さん)すら見捨てない。そんなつまらない三流ドラマを書いて紙幅を稼ぐのは読者に失礼だといわんばかりのクールさでストイックさだ。 ものの考え方は時に食い違うこともあるが、基本的には遭難事故の場に集う全員ができるかぎり生への希望を繋ごうとするし(さすがに時にニヒルになるもろさはあるが)、そしてその上でのあっと驚く脱出作戦(たぶんもう誰でも知ってるだろうけど、一応は隠しておく)に向けて少しずつ歩が進められる。 だがその上で障害となるのが、あまりにも過酷な自然との闘い(特に何より水の確保)、そして生き延びるために一丸となっているはずの面々のなかでの人間関係の軋轢である。 脱出作戦を進行するなかで、当然ながら各自が持っている知識や経験、技能の較差からおのおのに負担や責任に高低は生じるが、その際にその現実と裏表となる立場の上下も、マキャベリズムの縮図のような図式も生まれてくる。この辺りを子細に、そして静かかつ限りなくドラマチックに語っていくあたり、やはりトレーバー=アダム・ホール、一筋縄ではいかない。 悪人なんか誰もいないが、それでも人間の清濁をたっぷり描いた上で、同時にその現実を肯定も否定もせず、ただ「生き延びるため」彼らはひとつひとつ何をしたか、の物語を紡いでいった傑作にして名作。 個人的には、後半のひとつの山場のシークエンスでため息が出た。 なお、クィーラーものの優秀作『暗号指令タンゴ』(1973年)も主要舞台は砂漠だったけれど、トレーバー=ホールにしてみれば、本作からおよそ10年目にしてクィーラーをも、本作の面々に近しい状況のなかに放り込んでみたかったんだろうなあ(さらに『タンゴ』ではもうひとつ、とんでもない要素が増えるが)。いつかその辺の興味を再確認しながら再読することもあるだろうか。 【最後に、これから読むかもしれない人への警戒注意報】 今回、評者は大昔に購入した酣燈社の『飛べ! フェニックス』版の方で読了。酣燈社はもともと航空機関連の書籍を出している出版社らしく、作中の脱出作戦の具体的なビジュアルまで読者にわかりやすく見せてくれている丁寧な編集。また翻訳の渡辺栄一郎(ポケミスそのほかでの仕事も多いネ)の訳文も潤滑な上に各登場人物の演出も効いている。とても良い仕様であったが、悪いことがただひとつ。 ◆登場人物一覧表で、とんでもないネタバレをしている! ここだけは絶対に、本文の事前に見ないようにしてください。 |