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ミステリの祭典

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十二神将変

作家 塚本邦雄
出版日1974年01月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点 クリスティ再読
(2018/09/24 16:48登録)
昭和の歌聖塚本邦雄が書いた唯一のミステリである。「虚無への供物」の中井英夫は短歌雑誌の編集者を生業にしていて、仕事の中で塚本邦雄や寺山修司を世に出したわけだが、塚本邦雄というとね、中井英夫とはアドニス会でもシャンソン評論でも、なかなか深いご縁がある歌人なのである。もちろん本作、期待通り「虚無への供物」を塚本流に読み直した雰囲気が濃厚にある。
本作の人間関係は、織部以来の縁に繋がる茶の湯の宗匠貴船家、その隣人で精神病理学者の飾磨天道一家とその義弟で居候のサンスクリット学者淡輪空晶、貴船家に職家として仕える菓子の真菅屋とその分家で茶花で仕える幹八。それに薬種問屋の最上家に青蓮院別院の住持設楽空水、と伝統日本の町衆の美と贅の家族たちである。
薬種問屋の枠を越えた海外との取引で繁盛する最上家の次男最上立春がホテルで死んでいるが見つかった。死因はヘロイン。傍らに十二神将の像が転がっていた。飾磨家の長女沙果子は立春が亡くなった晩に、叔父の空晶の離れに立春が潜んでいた気配を感じていた...貴船家の女宗匠である未雉子の妊娠に沙果子は気づいていた。胎の子の父は立春ではないかと沙果子は推測する。この人々は大きな秘密を抱えていた。貴船家の別荘にある魔法陣を象った九星花苑で、阿片罌粟が栽培されており、この罌粟畑はこの人々にまつわる奇怪な縁に基づくものだった...父と叔父がこの結社に関わっていながらも、飾磨沙果子と兄・母はその秘密を知らない。沙果子は立春の死をきっかけにその秘密に気づいていく...
まあそんな話。主人公っぽい沙果子は雰囲気的に奈々村久生に似たああいう感じのモダンな女性。氷沼家御一統とこの家族関係は何か似ている。貴船家主催の「名残の茶事」の席上で、立春を殺した犯人も判明するし、九星花苑に秘められた謎が解かれるから、形式上はミステリで問題ない。十二神将の謎は五色不動の謎みたいだ。アンチ・ミステリというわけではないが、「虚無への供物」からその美意識だけを抽出強化したような作品である。

奥女中擬きの摺足で不断といふのに五枚小鉤の足袋、わざわざ着替へてきたのが秋草模様の小紋というのも厭みだ。

旧仮名のこういう濃密な文章(文庫はさすがに旧字ではない)。けどね、意外にユーモア感があるときもあって、読みづらい感じはないし、それぞれキャラは立っていて(叔父の淡輪空晶がイイ)難解な小説では決してないが....翌日貴船家の茶会だからって、お呼ばれの飾磨家もで「恥かかないように稽古しておこうか?」と自宅で一家で稽古するような家だよ。日本の町方の美意識が、バロックに歪んでいくようなさまを満喫できるような小説だから、古典とモダンと両方の美意識に理解があったほうがいいだろう。

パパヴェ・ソムニフェルム、苦い香りを放つ禁断の花、純白の魔の花、何と貴船の迷宮庭園、形而上の空中花壇を飾るのにふさはしいことか。

阿片の夢と禁断の花、秘められた同性愛と男たちの絆。天上の花園と地上の魔花が、日本の美の上に妖しく咲き誇る、ちょいとした奇書である。だからこれが「十二神将変」という長歌への反歌みたいなものか。

おとうとといへども神はあらぬ夜をあさぎに萌ゆる天の白罌粟

「虚無への供物」にはボリュームとスケール・逸脱感で及ぶべくもないが、赤江瀑がややお安めなことを比較すれば、こういう系譜の中での十分に名作といわれるくらいの実力のある作品だと思う。「虚無への供物」をもっと読みたいワガママな読者におすすめな、その奥の院「罌粟への供物」みたいな小説。

後記:2022年年始に本作の改版が河出文庫で再出版! 前の版入手が難しかったから、うれしい!! こんなこともあるんだね。買って再読。日本語の美しさに酔い痴れる。こういうの読むと、お茶の勉強もしてみたくなる。

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