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ミステリの祭典

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チェッリーニ自伝
フィレンツェ彫金師一代記

作家 ベンヴェヌート・チェッリーニ
出版日1983年05月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点
(2018/09/15 06:16登録)
 16世紀イタリア・ルネサンスが生んだ名彫金師ベンヴェヌート・チェッリーニ(1500-1571)。その名をいっそう高めたのがこの『自伝』である。ライバルとの確執、老獪な法王やメーディチ家との駆引き、旅、戦争、女、殺人、投獄……。自己の才能への強烈な自負と野心をむきだしに、時代を豪放に生きたルネサンス人の波乱の生涯。
 「なんでこんなもんが〈ミステリの祭典〉にあるんだろうか」と不審に思われる方が大半ではないでしょうか。さりげなく「殺人」とありますね。江戸川乱歩が「続幻影城」だかで「ルネサンス期の一殺人者の記録」と、喝破してるのが本書です。
 ここで描かれる時代はとにかく血腥く、短刀や鎖帷子は日常の必須アイテム。侮辱や讒言など、ちょっと気に入らない事を聞けばすぐに徒党を組んで殺し合います。またそうでなくてはとても一廉の人物として世に出て行けない。法王や君主たちはそいつらの親玉で、隙あらば作品を値切りにかかる。美辞麗句を用いてそれに対処もしなければならず、全身全霊で彫刻だけに打ち込んでいればそれで良い、という訳ではないのです。
 そして著者がハッキリ意図して殺したと告白しているのは3名。1527年のローマ劫掠時の殺害はまあ戦時ですから置いといて、あと2回は弟の敵に切り付けたのと、例のチャンバラ沙汰で相手の用心棒を殺害したのとです。「たまたま相手が顔を背けたので」とか言ってますが、都合の悪い所はそんな記述ばっかりですから全然信憑性がありません。未遂に終わったのもちょこちょこあるし、地の文で「あのとき殺しておけば良かった」とか頻繁に言ってます。
 女もバンバン抱くし「ホモっ気もあるんじゃ」と疑える部分も多々あります。とにかく刹那的に欲望を満たしまくってるんですが、読んでると意外に爽やか。ワンピースのルフィ君というか、本人は「ミケランジェロを越える大彫刻家になるんだ!」が最大欲求ですので、陰湿さとは無縁で、必要以上に私欲を貪ることもありません。おまけに大砲と銃の名手で、法王にサンタンジェロ城に幽閉された後脱獄したり、デュマの「モンテ=クリスト伯」「三銃士」に至る娯楽小説の源流の一つはどうもコレじゃねえのかなと。
 チェッリーニの死が1571年で、ヤバげな内容からかそれから150年余り完全にほっぽらかされてた本ですから。彼の死とほぼ平行してシェークスピアが誕生し(1564年)、セルバンテスのドンキホーテが完成したのはさらにその50年後です。まあ成立はムチャクチャ古いですね。
 そんな彼も母国フィレンツェのコジモ1世に散々な目に遭わされると、やっとおとなしくなります。なりますが、前半生で些細な事でも遠慮会釈無しに食って掛かってたヤツが、事あるごとに「まことに英明なる閣下」とか言うとウソ臭くしか聞こえません。下巻締め括りの一文は「ザマァ」という感情が透けて見えて非常に白々しいです。
 かような自伝作品ですが、ミステリとしては上記の様にデュマからルブランに連なる娯楽小説のハシリ、一種のピカレスクロマンとして読むべきだと思いますね。もっと持ち上げられても良いと思うけど、何しろ胡散臭いからなあ。黒魔術師とかも出てくるし。

 追記:19世紀ロマン主義時代に、この人の生涯にいたく感動したベルリオーズという作曲家が『ベンヴェヌート・チェッリーニ』という二幕作品を製作しました。1838年にパリで上演されたこのオペラは散々な不評だったようです。「殺人を犯した主人公が、ペルセウス像の完成により全ての罪を許される」という内容なのでまあ当然ですが。
 このデタラメな自伝には、何かしら芸術家のココロを揺さぶるものがあるようです。

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