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ミステリの祭典

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新選組殺人事件

作家 加藤公彦
出版日1990年04月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2018/07/27 14:07登録)
(ネタバレなし)
 昭和50年代のある年の3月。身元不明の老人の他殺死体が、都内の本郷四丁目で発見される。前日にその老人は地元の巡査に道を聞いており、老人は故・藤田五郎こと新選組の副長助勤・斎藤一の縁者を訪ねていたらしいと判明した。同じ頃、新選組愛愛好家・研究家の社会人男女で構成されるサークル「誠の旗」の面々は、迫る会津への探求旅行に胸を躍らすが、そこで彼らを待っていたのは思いもよらぬ殺人事件だった。

 歴代「幻影城」新人賞出身作家のなかではおそらく最もマイナーな方の一人と思われる、加藤公彦が著した唯一の長編。1929年生まれの加藤は20代の頃から映画のシナリオ執筆やフリーライターなどの文筆活動はしていたようだが、現時点のwebなどではその時期の目だった実績は確認できない。
 1978年の「幻影城」新人賞受賞が再デビューの契機だったが、著書は本作と連作短編集を一冊遺しただけで、1987年に重度の糖尿病で他界した。本作は「剣鬼の末裔」の題名で未刊行の遺稿のなかに眠っていたものを奥様が発掘。関係者の協力を得て没後の刊行にこぎ着けた旨が、本書の巻末に奥様自身の述懐で記されている(巻末には「幻影城」関係者として縁のあった権田萬治も、故人を惜しむ弔文と本書の解説を寄せている)。
 ちなみにTwitterでの新保博久教授の証言によると、かの連城三紀彦は無骨な響きの本名「加藤甚吾」にもともと抵抗があり、本格的にデビューする以前は「加藤三紀彦」の筆名を使っていたが、島崎博が、先輩の新人賞受賞者が「加藤公彦」さんなので別のペンネームにしよう、と提言。その結果、連城の名に落ち着いたという。この作者は、そんな当人自身とは別の逸話でも記憶されてよいかもしれない。

 ミステリとしての内容はあらすじの通り、新選組の史実探求に現在形の複数の殺人事件がからむフーダニット。元版(元版しかないが)のハードカバーの帯を見ると、権田萬治が「動機の設定がこれまでにないもので面白い」と賛辞しており、評者は今回、その惹句に興味を惹かれたことと、作者が「幻影城」作家ということへの関心の相乗で手に取った。
 中味の方は当然ながら「新選組」についての蘊蓄が山盛りで(特に主眼となるのは斎藤一と土方、それに芹沢一派あたり)、評者のように<新選組はドラマや映画、漫画などを通じてそれなり以上にスキだが、マジメに探求してはいない>ような人間にも十二分に堪能できる(当たり前ではあるが、生前の作者は新選組が大好きだったらしい)。

 それで謎解き部分は、身元不明の被害者の正体、容疑者たちのアリバイの検証、錯綜する人間関係、繰り返される脅迫行為……と、それなりに具をつめこんでおり、傑出した部分はないが、普通以上に楽しめる(前半から張られた手がかりのひとつは、結構大胆でちょっとだけ面白かったかも)。
 でもって肝心の動機の真相だが、ネタバレを警戒しながら感想を書くと……う、うむむ……あくまでこれはフィクションならアリだよね。ここまで極端な思考に走る人間はいないよね……と一度は思いかけた。が、いやしかし、考えようによっては本書が刊行された1990年当時より、2010年代、web などの発達で世の中の監視社会化が進み、良くも悪くも個人ひとりひとりの自意識や承認欲求が高くなった現在の方が説得力がある、そんな種類の犯人の心の動きかもしれん。そういうことをアレコレ考えさせてくれるという意味ではなかなか興味深かった。
 ちなみに本書は、今はなき新人物往来社から刊行。同社は小説とかに縁がなかった訳ではないけれど(なんと言っても宮部みゆきがここからデビューだし)、本書の場合はとりわけ新選組という主題が、編集部の方にも響いたんだろうな。

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