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ミステリの祭典

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愚なる裏切り

作家 フランク・グルーバー
出版日1968年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2018/07/08 17:38登録)
(ネタバレなし)
 広告制作会社に勤務する中堅コピーライターの中年トム(トミー)・ロールズは、恋愛結婚した妻パトリシア(パット)が実は呆れるほどの浪費家だと知った。今やそのパットは中流サラリーマンの夫を見限って離婚を希望し、銀行頭取で妻と死別した初老の男ゲイリー・ペインターと再婚するつもりでいた。やるせない毎日を送るロールズだが、そんな彼の楽しみは、ライフル・クラブでプロの狙撃手顔負けの遠距離射撃の技量を発揮することだった。そしてそんなロールズに、政界の黒幕とされる男アルフレッド・ティッドが接近し、ある相談を持ちかける。

 1966年のアメリカ作品。作者グルーバーのノンシリーズもの。
 あらすじの通りに主人公がコキュになりかけた境遇からスタートする、半ば巻き込まれもののサスペンススリラーだが、中盤で事件の構造がほぼ判明。後半は、自分自身とそして無辜な事件関係者の苦境を打開しようとする主人公の苦闘が、物語のメインとなる。
(これでも結構ネタバレには気を使っているつもり。ちなみに翻訳書の「ウイークエンド・ブックス」の裏表紙のあらすじ紹介は先に見ない方がいい。結構な部分まで種明かししている。)
 物語の前半、事態のなかに分け入っていく主人公の心情がわかるようなわからないような……とか、ヒロインを3人用意しておいてそのうちのひとりは大して(中略)とか不満はないでもないが、翻訳の良さもあってとにもかくにもハイテンポで読ませる筆力はさすが。特に後半、自分の行動に一定のモラルは保ちながらも、手持ちの金を使いまくって目的の場に向かっていく主人公のバイタリティはたくましい。くだんのヒロインのひとりとのラブストーリーのなりゆきも物語の大きな興味となるが、ちょっとややこしい関係にきちんとした手順を踏んで淀みを取り払っていく作劇も好感が持てる。
 もうちょっとノワール色の強い作家が同じ筋立てで書いたら、さらにギラついた脂っぽい話になるところ、良くも悪くもほどよいエンターテインメントでおさまったという感触もないではないが、60年代のこの手のスリラーとしては水準以上に楽しめる佳作だろう。
 ただしまあ高い古書価で買うことはないと思うよ。グルーバーの邦訳をコンプリートしたいという執着があるなら別だけど(笑)。

 余談ながら、主人公ロールズが人目を忍んでの移動中、長時間の旅のおともに「マット・ヘルムシリーズ(いわゆる「部隊シリーズ」)」を3冊買い込み、順々に読み倒していく描写があって笑った。現実の出版界におけるグルーバーとドナルド・ハミルトンの交流ぶりとか、ちょっと気になりますな。

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