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ミステリの祭典

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成吉思汗の後宮

作家 小栗虫太郎
出版日1969年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 クリスティ再読
(2018/05/05 00:31登録)
今の人は「黒死館」しか読まないのかねえ....小栗虫太郎は黒死館のあとも人気作家の座を守り続けて、戦時色が強くなっても海外を舞台とした西洋伝奇から秘境小説へとスケールの大きな冒険譚を書き続けたのだけど...
で、本作は講談社大衆文学館のシリーズで読んだが、元は虫太郎復興の立役者だった桃源社が編んだ同題の作品集から約半分の、西洋伝奇~秘境小説を7作収めた短編集。ネタの豊富さでは無尽蔵では?と思うほどにさまざまな擬史を題材に燃焼度の高いロマンを紡ぎ出している。天明期の日本人が沿海州に渡って覇王の座につきかける話「海螺斎沿海州先占記」、右翼崩れの流れ者のドイツ人が雲南の紅軍(「完全犯罪」と同じような舞台だ)と行動を共にする「紅軍巴蟆を超ゆ」、ナポレオンの末裔と噂される数学者がロシア革命に乗じて帝位を窺う「ナポレオン的面貌」、ジンギスカンの末裔らしき青年が大陸浪人たちに担ぎ上げられ..「成吉思汗の後宮」、ロンドン塔に幽閉された謎の男の脱獄の話「破獄囚『禿げ鬘』」、フランス革命の最中、王党派の闘士「百合家の騎士」vsジョセフ・フーシェ&暗号解読家カドゥーダルの「皇后の影法師」、バスコ・ダ・ガマの航海✕それを妨害するハンザ同盟の陰謀✕ピラミッドの謎=「金字塔四角に飛ぶ」...と題材の広さ、発想の豊かさ、それに独特の名調子と合わせて、比類のないエンタメになっている。黒死館だと言葉で説明するだけだったエピソードが、きっちり絵に仕上げられているようなものだから、その豪華絢爛さには絶句する。
ただし長所はまた弱点でもあって、この人、書きたいシーンしか書かないんだな。なのでどれもダイジェスト的な印象がどうしてもつきまとう。本当にどの短編をとっても、1冊の大長編が書けるようなネタなのである。それをぎゅっと圧縮し抽出し尽くした最上の一滴を味わう贅沢さ、をどこまで味わえるかを試してみるといいだろう。

しかし、すぐうち消した。覇業半ばで死ぬ。云いようのない淋しさがやってきた。海は鳴っている。彼はじぶんがここを抜けでて、巌頭に立っている、幻をみた。この海参威の岬の鼻でヒュッと喚声をあげ、たかい潮煙をおどらせ巌礁を飛沫かせるその波は、はるばるここまで来た、国の波ではないのだろうか。そうだ、俺はくだけた。

ね、黒死館よりずっと読みやすいでしょう? しかしこの独特のテンションの高さ、熱っぽさが評者はたまらなく好きである。

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