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ミステリの祭典

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奇跡なす者たち

作家 ジャック・ヴァンス
出版日2011年09月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2018/11/25 00:08登録)
 名翻訳者にしてアンソロジスト、浅倉久志の最後の企画を、同じく訳者の酒井昭伸氏が補填しつつ編纂したもの。ヒューゴー・ネビュラ両賞受賞のダブルクラウン作品を含む、ジャック・ヴァンスのベスト作品集。2本の中編を含む全8篇収録。
 ミステリ系の作品についてだけ述べると、やはりベストは「月の蛾」。住民全員がつねに仮面を装着し、多種多様な楽器を場面毎に奏でることによって商売を含む全ての人間関係が成り立つという、わけくそわからん惑星シレーヌが舞台。自分の立場に応じた演奏と行動を取らない限り、殺されても文句は言えないというとんでもねえ社会です。タイトルの〈月の蛾〉とは、外星人に許される最低ランクの仮面のこと。
 首チョンパされた領事の後任として、臨時代理に任命されたエドワー・シッセル。やりたくもない楽器の習得に勤しむ彼の元に、突如星系政府から暗殺者ハゾー・アングマークの逮捕を命じる指令書が届きます。しかも彼の乗る宇宙船の到着は僅か二十二分後でした。シレーヌ現地の怠惰な習慣から、宇宙電報が遅れてしまったのです。
 気乗りせぬまま宇宙港に向かうシッセルですが、とうに到着時刻は過ぎており、さらにアングマークと思しき〈森の鬼〉の仮面の男を取り逃がしてしまいます。彼はシレーヌに住む三人の外星人に助けを求めますが、分かったのはアングマークが彼以上に惑星の習慣を知悉していることだけ。残念だが力にはなれないというのです。
 全員が仮面を被り、しかも仮面を剥がすのは最大の非礼とされている社会で、いかにして犯人を突き止めるのか、という作品。アングマークは最終的に三人のうちの一人に化けるのですが、その解明方法はさして優れたものではありません。しかし、用意されたオチは強烈そのもの。知らぬ間に現地の習慣に同化してゆくシッセルの描写も見所の一つ。
 あともう一作挙げるとするなら、冒頭の短編「フィルスクの陶匠」優れた色彩感覚と、久生十蘭の著名なショート・ショートを思わせるオチが魅力。
 米SF界では既に巨匠と目されるヴァンスですが、特筆すべきはその異世界構築。単に外観や設定だけでなく、その世界を貫く論理・倫理観までも異なっているのが最大の魅力です。「月の蛾」や表題作、及びダブルクラウンの「最後の城」等に、その特徴は最も顕著に現れていると言えるでしょう。かなり癖の強い中短編集です。

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