わが愛しのローラ リントット警部 |
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作家 | ジーン・スタッブス |
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出版日 | 1977年01月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | |
(2021/01/10 15:42登録) (ネタバレなし) 19世紀末の英国、ウィンブルドン。代々にわたって英国の玩具業界の大物実業家の名門として知られるクロージャー家の現当主で、48歳のセオドアが死亡する。セオドアには14歳年下の美人妻ローラと、35~36歳のハンサムな実弟タイタスがいる。はた目には仲のいい主人夫婦と主人の弟の3人組だが、陰では年の近い美男美女ローラとタイタスの危険な関係を、勝手に噂する者もいた。そんなある夜、セオドアが頓死。クロージャー家の誠実な主治医パジェットは主人が謀殺されたという無責任な風聞を厭い、事件性がないことを立証するためにスコットランドヤードのベテラン刑事、ジョン・ジョセフ・リントット警部の出馬を仰いだ。そして当初は病死に思えたセオドアの遺体から多量のモルヒネを呑んだ痕跡が見つかる。 1973年の英国作品。 1974年度のMWA最優秀長編賞(本賞)の候補作になった長編ミステリで、女流作家ジーン・スタッブスのレギュラー探偵、リントット警部シリーズの一作目。 内容は旧世紀末期の英国、その階級社会を舞台に、虚飾に彩られた人間関係を描く時代ものミステリ。 日本ではポケミスで「ヴィクトリアン・ミステリ」を謳いながら先にシリーズ第二作『彩られた顔』が初紹介。評者は大昔にそっちを読み、けっこういい感じで読み終えたような記憶がうっすらあるが、結局、このシリーズとの付き合いはその一冊だけだった。 日本でも地味な作風がまるでヒットしなかったらしく、リントットシリーズは本国では、この『ローラ』が邦訳された時点ですでに第三作も刊行されていたが、ここで翻訳刊行は打ち切られた。 それでも前述のように、どっか心にひっかかるものがあったので数十年ぶりにこの未読の『ローラ』を手にとった(また、所有しているハズの蔵書が見つからず、Webで安い古書を買った)が、いや、普通に面白い。 時代設定は1890年代で、現在21世紀のコロナウィルス災禍の件でよく引き合いにだされるスペイン風邪が欧州を暴れ回った時代。当時の文化人や歴史上の事件の話題も満遍なく盛り込まれ、ヨーロッパ近代史に大した知識のない自分でもその辺を小説の厚みとして楽しめたので、この時代に興味のある人ならもっと得るものがあるかもしれない(たぶんこの辺がMWAの審査員に受けたか?)。 内容は、ディケンズの世界をヴィクトリア・ホルト風のメロドラマ群像劇として勢いのある筆で語ったという感じ。一応はフーダニットの興味を誘っているが、やや(中略)な解決まで踏まえて、ガチガチの謎解きというよりは時代ものの風俗ミステリとして読んだ方がいいだろう。その意味で、評者には十分に楽しい作品だった(とはいえ、最後の意外性などはちゃんと用意されてはいるが)。 なお探偵役のリントット警部は、英国ミステリのひとつの主流である、紳士タイプの公僕捜査官の系譜の名探偵キャラ。 ただしこの物語の主題のひとつである19世紀英国の階級社会に切り込むために、下層階級出身(でもメンタル的には紳士探偵の魂を持つ)と設定されている。 勝手なイメージでいえば、イケメンだが無精ひげがすごく似合う洋画の野性的な二枚目俳優が、似合わない礼服をまとっている雰囲気。 大昔にこのキャラに惹かれたこともふくめて、先に読んだ『彩られた顔』は面白かった記憶がある。 評点としては7点に近いこの点数で。地味な作風だが、リントットがクロージャー家の多彩な使用人たちを順々に尋問していくあたりのまったりとした、しかし飽きさせない小説作りなど、ああ、英国ミステリっぽい一冊を読んでる、という感興に浸らせてくれる。 ちなみに未訳のシリーズ第三作めは、リントットの当時のアメリカへの主張編だったらしい。もしかしたら、高く評価してくれたMWA=アメリカミステリ文壇への感謝の表意だったのかもしれないね。やっぱり読んでみたい。 |