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ミステリの祭典

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裸のランナー

作家 フランシス・クリフォード
出版日1967年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2020/01/04 23:32登録)
(ネタバレなし)
 1960年代半ばのイギリス。事務用品メーカーの重役で43歳のサム(サミュエル)・レイカーは通勤中のその朝、トラックに轢かれそうな若い母親と赤ん坊を危機一髪のところで助ける。レイカーはかつて第二次世界大戦中にドイツに潜入し、戦闘工作員として武勲を立てた過去があり、新聞はその功績にからめて彼を英雄扱いした。そんなレイカーは近日中に、父一人子一人の息子14歳のパトリックを連れて、東ドイツ内の国際見本市に向かう予定であった。そのレイカーのもとに、かつての大戦時代の上官で今も諜報活動の世界に身を置く男マーチン・スラタリーから十数年ぶりの連絡が来た。新聞記事を見たというスラタリーの要件は、東ドイツ内に潜伏するある英国側のスパイとの接触を願うもので、それ自体はごく簡単な任務だが、そのスパイの名を聞いてレイカーは愕然とする。それは彼自身の癒えることない心の傷となっている、大戦中の記憶に深く関わる人物の名だった。

 1965年の英国作品。日本でも60年代から80年代にかけて数作が紹介され、イギリス正統派エスピオナージュの書き手として一時期はそれなりの評価を得ていたものの、21世紀の現在ではほとんど忘れられてしまった作家フランシス・クリフォードの代表作のひとつ。
(とはいえ評者もクリフォード作品は大昔に1~2冊読んだか読まないかで、もしかしたら今回が初読かも? と言う程度の付き合いだが。ちなみに例によって本だけは大昔に買ってあった~汗~。)

 ハヤカワノヴェルズ版で300ページちょっと。本の束そのものはまあまあの厚さだが、中の本文は一段組だし、しかも翻訳は名訳者・永井淳(キングの『呪われた町』ほか)。会話もそれなりに多いし、ストーリーはハイテンポに進んでいく。これはもう淀みなく読める最高級のリーダビリティの高さであった。
 東ドイツ内に渡った主人公レイカーだが、中盤以降も二転三転の状況の悪化に見舞われ、ついには(中略)と思ったら、さらに……(中略)。
 うん、まあ、こういうあれやこれやの筋立ての勢いで言えば、初期のマイケル・バー=ゾウハーにも負けない作りで、一言で言えば良く出来た秀作。
 しかし最後のネタが暴かれれば、この(中略)そのものにそこまでの必然性はあったのか? という部分もないではないが、その辺は一歩引いて物語全体を俯瞰するなら、(中略)の思惟のなかでは「そう思いついても良かったこと」でもあり、ひとつの状況の道筋としては間違っていない。
 ラストのなんとも言えない甘苦い余韻も、いかにもこういう作劇の形を採ったエスピオナージらしい。

 本レビューの最初のあらすじは全体の5分の2くらいで、中盤からの(中略)がキモの作品なので、ネタバレを警戒して具体的にあんまり言えないのが何だが、いずれにしろフランシス・クリフォード、評判だけのことはある。
 残りの翻訳されている未読の作品、読んだかもしれないけれど内容を忘れてしまった作品、少しずつ読んでいこう。

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