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ミステリの祭典

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からみ合い

作家 南條範夫
出版日1959年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2019/12/27 12:16登録)
(ネタバレなし)
 昭和30年代の前半。大企業・東都精密機械KKの社長・河原専造は、胃癌で自分の余命があと半年と知る。当初は若い美人の後妻・里枝に莫大な財産を全て遺すつもりだった専造だが、里枝が自分の生前から弁護士を訪ね、遺産の行方を気にかけている事実を知って憤慨。専造は、先妻の美代子や別れた3人の愛人、それぞれとの間に生まれながら、今までは気にもかけなかった自分の息子や娘たち4人を探し出し、相続の候補者にしようと考える。かくして会社の秘書課の面々、そして若手弁護士の古川菊夫が、4人の相続人候補者の現在の行方を追い求めるが、そんな事態のなかにはあまりにも多くの人間達の欲望が渦巻いていた。

「宝石」の1959年7月号~12月号にかけて連載。その後、同年の12月に光文社のカッパノベルスで刊行された長編。日本の昭和ミステリ界に絶大な貢献を果たしたカッパノベルス、その記念すべき第一弾という栄誉を担う作品でもある。
 内容はあらすじの通り、資産家の莫大な遺産相続を巡って多数の登場人物の欲望と悪徳が絡み合う物語。(ちなみに専造の総資産6700万円というと、現在の数字ではそんなに巨額でもないが、今日の金銭感覚ではその10倍くらいのイメージか?)
 登場人物のほぼ大半が悪人か自己中心的な人物であり、ある意味では特定の作中人物の誰にも感情移入する必要もなく、全体の物語の流れの上での駒のようにキャラクターに付き合える。そんなドライな感触がえらく心地よい小説でもある。
(なお、最新の徳間文庫版には作者の旧版(81年の旧・徳間文庫版)のあとがきが再録されているが、そのなかで、本作を読んだ知人から「悪人ばかりの作品だ」と言われて、そこで作者がほとんどモブキャラの脇役の名をあげて「いや善人も少しはいるよ」と強引に言い訳しているのが妙に微笑ましい・笑。)

 元版のカッパノベルス版では解説担当の中島河太郎は「横行するサスペンス」と評した一文を寄せていたようだが、実際に今回読んでみると、サスペンス要素は皆無ではないものの、悪党や半悪人たちの織りなす人間喜劇を楽しむ感覚の方が強い。
 執筆時期の作者はウールリッチやシムノン、ボワロー&ナルスジャックなどの翻訳ミステリに傾倒し、その影響を受けたそうである。なるほど全体的に垢抜けた、どこか薄闇色のクライムコメディを読むような食感は、50年代の新時代海外ミステリの息吹に似たものを感じさせる。乱歩もかなり激賞したようで、当時の日本推理小説文壇に新風が吹いた感じを大きく歓迎したのであろうことが窺われる。

 今回、評者は、2019年に刊行されたばかりの徳間文庫の新装版で読んだが、元版のカッパノベルス版以降、講談社の名叢書「現代推理小説大系」の一巻に所収されたこともある名作(映画やテレビドラマにも何回もなっているらしい)で、以前から読みたいと思っていたが、ようやく思いを果たせた。

 要素要素で見れば、思っていたよりは……の部分がない訳でもないが、総体的には期待通りに面白かった。時代色の違和感もあることはあるが、その辺は昭和ミステリの旧作を楽しむ味わいでもある。

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