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ミステリの祭典

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獣を見る目で俺を見るな

作家 大藪春彦
出版日1961年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 人並由真
(2018/03/26 22:09登録)
(ネタバレなし)
 時は、海の向こうの朝鮮戦争が終盤にさしかかる昭和20年代の半ば。横浜近隣で日々を送る若者・生島直行は、同世代の3人の仲間(結城・木森・三宅)とともにいくつかの非合法な行為で利益を得ていた。あるとき4人は、周辺の麻薬密売組織が当時の価格で2億円分のヘロインを密輸入するという情報を入手。4人は、麻薬密売組織が購入のために用意した同額の現金もろとも麻薬を横取りする、総額4億円分の強奪計画を企てた。だが計画が上首尾に終わるかと思えた刹那、巡視艇が出現。生島たちは銃撃を受け、彼以外の3人は波間に消えた。それから大陸で長い逃亡生活を送りながら、過酷な人足仕事で強靱な肉体を鍛えた生島は、8年ぶりに日本に帰国。8年前の事態には何か裏があったとして、計画を頓挫させた者を探して復讐しようとするが。

 大昔に初めて題名だけ目にしたとき、ああなんて(今で言う厨二的な意味で)カッコいいタイトルなんでしょ、と思った一冊(笑)。今でもその意味で、実に魅力的な題名だとは思う。
 とはいえ大藪作品は時たま読みたくなるものの、そんなに積極的に、また体系的に手に取っている訳でもないので、読むのはいつかな、となんとなく思っていたのだった。
 そうしたら、昨年ふと手に取った中島河太郎の「ミステリハンドブック」の<推理小説事典>の大藪春彦の項目で、本作は作者には珍しい? 犯人捜しの興味もある長編という主旨の記述があり、それで背中を押された。
 というわけで、濃かれ薄かれ何かしらはあるだろうと、フーダニットの興味も探りながら、このバイオレンス復讐譚(生島の渡航後、さらに新たな麻薬密輸事件が横浜の周辺で起きていて、二つの暴力団組織が抗争。生島はその血で血を洗う戦いにも自然と深く関わっていく)を読み進めた。

 でもって結果だけど、うーん、残念ながらこれは「誰が犯人か(かつての計画頓挫の首謀者だったか)」というフーダニットとしてはほとんど評価できないね。
 いや<ある人物の意外な正体>というミステリ的な文芸はたしかにあるんだけど、肝心の主人公の生島の視点からの<一体誰が俺たちを嵌めたんだ?>的な追求が作中に生じず、成り行きでその意外な正体が露見するだけである(ほかにもミステリ的なツイストはちょっとあるが、これも河太郎の言うような犯人捜しの興味とは別もんでしょう)。要はパズラーとしての求心力が薄い。
 作者はなんだかんだ言ってもデビュー前からそれなり以上に、ミステリ分野への当人なりの知見もあったはずなので、この作品のなかでそういう部分の素養が発揮されているのでは? と期待したんだけれどな。
 しかしながら<一本の昭和30年代・国産ハードボイルド長編>として、まったく実のない作品などでは決してなく、妙なところにこだわり、一方で他の作家ならもっと盛り上げて書くような場面を乾いた文体でさらりと流す、ああ、大藪作品らしい緩急の付け方だなという感覚は、なかなか独特の味があってステキである。そういう作品の作り方は、のちの西村寿行あたりに受け継がれたと思うけど。

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