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ミステリの祭典

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片道切符
別題「帰らざる夜明け」

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1969年10月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 クリスティ再読
(2017/10/31 00:47登録)
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」という作品が、とくにフランスで強い衝撃を持って受け取られ、カミュの「異邦人」なんかもその反響の一つだという話を「異邦人」の書評で書いたのだが、本作は「郵便配達」の、シムノンという名前の付いた、別なエコーである。シムノンびいきのアンドレ・ジッドなぞは同年に発表された「異邦人」をクサす一方で本作を称揚している。本作は「郵便配達」同様に、流れ者が孤独な女と深い仲になって、結果その女を殺すことになる顛末である。
本作の主人公ジャンは、ブルジョア家庭の育ちなのだが、ふとしたことから人を殺して刑務所に入り、出所したばかりの宿無しである。バスの中でふと知り合った「クーデルクのやもめ」と呼ばれる中年女性タチの下男として農家に雇われる。タチは義父にあたる老人を性的に慰めつつ、農家を経営するのだが、小姑にあたる姉妹との間で財産を巡って暗闘が繰り返されていた。ジャンはタチとも深い仲になる反面、姪にあたるフェリシーとも戯れる。タチがフェリシーの粗暴な父に殴られて寝つくことで、次第に状況は泥沼に陥っていく...
まあだから、ジャンは痴情の「もつれ」としか言いようのない、感情の綾の中に「うんざり」してしまって、タチを殺してしまう。ここにあまりはっきりした動機をシムノンは設定しない。そもそも刑余者らしいテンションの低さがジャンは特徴的で、刑法の文面がフラッシュバックで時折インサートされるわけで、「今度何かやったら死刑」というのは重々承知していながらも、ついつい小さく曖昧な動機から、殺したり殺されたりするものなのだ....殺人の後もジャンは現場で酔いつぶれて寝てしまい、不審に思った隣人の通報によって警官に蹴り起される

「なぐらないでくれ...疲れてしまった、すっかり疲れてしまった」

ここにはどんなドラマもない。リアルの極みと言えばその通りで、不透明な肉体がただただ、ごろりと転がっているだけのことだ。

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