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ミステリの祭典

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シャワールームの女
私立探偵・一条精四郎

作家 荒木一郎
出版日1982年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2017/09/13 16:18登録)
(ネタバレなし)
 一年前に刑事を辞め、私立探偵となった四十男の一条精四郎。しかしあまりにも依頼客が来なくてこの稼業も先がないと考えた彼は、最後の贅沢として、いかにも私立探偵らしい女性秘書の雇用を考える。人材募集の広告を見てやって来たのは三十代前半の冴えない容姿の砂護妙子だった。そんな妙子には、近々に大財閥の玉の輿に乗る予定の妹・恵子がいた。妙子は、恵子の元の彼氏・鈴木茂の捜索を精四郎に依頼する。だが調査を始めた精四郎が遭遇したのは、密室状況のシャワールームの中での変死だった。

 82年に大和書房の<大和ミステリシリーズ>の一冊として刊行された長編。同叢書は「幻影城」から刊行できなかった天藤真の『遠きに目ありて』や、日本推理作家協会賞を受賞した辻真先の『アリスの国の殺人』、さらには著名な劇作家・別役実の連作集『探偵物語』など、なかなかマニアの注目度も高い作品群を網羅していた。
 そんななかで発売された本書は日本歌謡界の巨匠として知られ、文筆活動も精力的な作者が書いた唯一のミステリであった。

 体裁は三人称一視点の国産ハードボイルドで、しょぼくれた(でも人間として探偵として芯の強さを感じさせる魅力のある)主人公・一条精四郎の造形もふくめてなかなか良い仕上がりになっている。
 文体も生硬な感じはたまにあるが総じて様(さま)になっており、例えば多数の人を集める葬儀の描写
「花輪の数だけでも、金銭に換算すれば死人の命が買えるほどの額になりそうだ。黒い服を着た人々が獲物にたかる蟻のようにどこからか詰めかけて来ては、寺のあちらこちらへ各グループごとに分けられて行く。」
 など、うん、これは悪くない。

 さらに加えて、本作は誰も中に入り込めないはずのシャワールームという密室を舞台にした正統派の謎解きミステリであり(ちゃんと殺害現場の精密な俯瞰図入り)、シンプルながらもなかなか創意を感じさせる大技のトリックが最後の最後に明かされる。その犯行を支える小さなトリックも巧妙な伏線が随所に貼られ、そういう意味でも出来が良い。
 登場人物も少なく文字数もそんなに多くないので三~四時間あれば一読できるが、国産ハードボイルド私立探偵小説と謎解きパズラーが良いバランスで融合した秀作といえる。(ちなみに本書の徳間文庫版のあらすじは絶対に読まないこと。あまりにも大きなネタバレをしている。)

 惜しむらくは「一条精四郎シリーズ」という肩書や帯の「一条精四郎登場」などの惹句を見ると、本来はシリーズ化を想定していた気配もあるものの、刊行後30年以上、続編はいまも書かれていないこと。作者も高齢で一条精四郎の復活はもうないと思うが、叶うことなら、ラストシーンで歩み去っていったこの主人公との再会を今からでも強く願っている。

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