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ミステリの祭典

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デルチェフ裁判

作家 エリック・アンブラー
出版日1960年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 クリスティ再読
(2017/08/25 17:54登録)
困った...本作は翻訳が悪くて、何を言っているかよくわからない箇所が多いのだ。ググってみるといいのだが、常盤新平の「ブックス&マガジンズ」という本の中に、本書の出版状況が書かれている(松江松恋氏のブログで見つけた)。
当時、ハヤカワの編集は常盤新平ただ一人で月に13点ものポケミス新刊を出していたようで、一人じゃとてもじゃないがチェックが効かずに、定評ある翻訳者だから、というので訳稿を読まずに製作に渡してしまった。結果、「わけのわからない翻訳」という苦情がかなり届き、常盤新平は早川社長に叱られたんだそうだ...
訳者の森郁夫はブレット・ハリディとかR.S.プラザーとか軽ハードボイルドを中心に訳している人だが、その後じきに若くして亡くなっている。で、読んでみると、キャラの行動に関わるあたりはいいのだが、政治的な背景とか状況説明となると、途端に何言っているのかわからなくなる...まあ、アンブラーの政治スリラーだから、米語の会話を軽妙に訳す能力よりも、政治論文を正確に訳す能力の方がずっと大事なんだよね。なので、読んでいてデルチェフの政治的な立場がどうなのか、少しも理解できないままに話が進んでしまい、東欧ソ連衛星国でのテロと強権的な政治裁判をめぐるタダのスリラーくらいにしか理解できなくなってしまう。
アンブラーがタダのスリラーを書くわけなくて、二転三転する事件の解釈や、外国通信社で働く主人公のガイド役の屈折したキャラとか、小国の政治家の意外な内情など、いろいろと読みどころがあるにも関わらず、これらがちゃんと筋道立って理解しづらい。最後に至っては大掛かりなテロ事件の緊迫感があって盛り上がるんだけどね。実際、乱歩が戦後すぐに「シルマー家」とか読んで、戦後のアンブラーが新境地を開いたと強い感銘を受けた旨(アンブラー三説)を書いて本作にも期待したわけで、本当はとっても面白い作品なんだと思う。
新訳をお願いしたいところだが、本作だと背景もほぼオワコンだから、無理だろうな...残念なこときわまりなし。

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