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ミステリの祭典

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月世界へ行く
大砲クラブシリーズ

作家 ジュール・ヴェルヌ
出版日1964年01月
平均点5.00点
書評数1人

No.1 5点 Tetchy
(2017/07/20 23:51登録)
本書は1865年に発表された『月世界旅行』の続編である。思わせぶりな前作の結末から5年を経た1870年に刊行された。前作では月へと旅立った一行の安否が不明なままで物語は終了。当時の読者は夢の月世界旅行の行方がどうなったか忸怩たる思いをしていたに違いない。そして今か今かと続編の刊行を待っているにもかかわらず、その後『海底二万里』という大長編を挟んでようやく刊行された。その5年間はいかに長かったことだろうか。
さて現実の世界では初めて人類が宇宙へ旅立つのは1961年ソ連がガガーリンが初めての有人宇宙飛行を成した後、NASAによる月面着陸が成されるのは1969年である。それに先駆けること100年も前の話であるが、いやはやまたもやヴェルヌの博学ぶりと想像力の豊かさを思い知らされた。

しかし博学のヴェルヌとはいえ、今読むとやはり荒唐無稽なところは多々ある。また今回は妙に学術的すぎるところが退屈を誘ったのは否めない。特に慣性によって月の周囲を平行して飛ぶ砲弾の中から月の表面の地図をせっせと描くシーンが続くのだ。そこには過去の科学者たちが名付けた月の地形についての記述が延々語られ、月の地形に疎い私はなんとも苦痛と眠気を強いられるシーンであった。ここまでくると単に著者の知識のひけらかしであるまた月で噴火が起きたり、雪が降っていたりと眉唾物の現象も出てきたり、さらにかつて月面には人の住んでいた名残があるなどという学説も飛び出し、月面着陸が成し得た現代においては空想物語としても入り込めないところがあった。

しかし返す返すもヴェルヌの先見性には驚きを禁じ得ない。作中、乗組員の1人、フランス人の冒険家ミシェル・アルダンが今回の月世界旅行の目的について、全てはアメリカ合衆国が月世界を植民地として手に入れるためだと述べるシーンがあるが、これはまさに100年後、世界の覇者たるアメリカがソ連と激化する二大勢力抗争において、宇宙を制する者こそ世界を制するとばかりに有人による宇宙開発計画を打ち立て、そして見事月面着陸を成し得た雰囲気をそのまま備えている。フランス人のヴェルヌが作中でフランス人の口からアメリカに月世界を支配するためと云わせていること自体が、なんとも恐ろしい予見性を感じてしまった。

とまあ、ヴェルヌの博識とその先見性によっていつものように驚かされはするものの、上に書いたように物語の起伏としては乏しく、作者が知識を披露して悦に浸っている感がしてしまっていつものヴェルヌ作品のようには楽しめなかったのは残念だ。次作に期待しよう。

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