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ミステリの祭典

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作家 井上靖
出版日1975年01月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 クリスティ再読
(2017/07/17 23:01登録)
井上靖っていうと、三島由紀夫/大江健三郎/安部公房の側の人か、松本清張/司馬遼太郎の側の人か、って二択で見たら絶対松本/司馬側の人だ。映画TVの原作多数and新聞連載小説の帝王(27作もあるが本作もそう)として昭和の読者に愛された作家のわけで、純文学・大衆文学のカテゴライズが空しいタイプの作家である。とすれば、中にはミステリ、と言っていい作品だってないわけじゃない。本作なんて、殺人事件こそないが、それこそフレンチミステリにでもありそうな、読者の興味をそそって読ませる手法が完全にミステリな作品である(よく考えたら「黒いカーテン」だそういや)。
崖の下に倒れていた主人公は3年間の記憶を完全に喪失していた。本人の記憶では大阪の新聞社勤務のはずが、主人公を見知る人によれば銀座の画廊の主人だそうである....部分的な記憶が少しづつ戻ってくるのだが、セザンヌの贋作を売りつけた詐欺事件に関わっているらしい。果たして自分は詐欺をしたのだろうか? 誰に? そして何故自分が詐欺を? 贋作の行方は?
こういう「謎」を動力として供給されて、すこしづつ真相が明らかになり、主人公を巡る女性たちの「哀しみ」が露になる...というページターナーである。まあ井上靖だから女性の造形がイイのは言うまでもない。連載中に読んでたらホント毎日真っ先に連載小説欄を開くんじゃなかろうか。記憶喪失なんて小説技法としてズルいよ、と思うくらいのハマりぐあいである。殺人がないために、うまくミステリのコンベンションも逃れることができてるし、ほぼ「独自の文学派ミステリ」という感じの読書感である。
井上靖って言うとね、商業誌初登場がどうやら新青年だったようだ(「謎の女」)。この人大学を出てしばらく懸賞小説荒らしみたいなことしてたようで、本人も「変格探偵小説」と自称しミステリとしか読みようのない「紅荘の悪魔たち」とかあるし、戦後だって2回ほど探偵作家クラブ賞の短編部門にノミネート(「死と恋と波と」「殺意」)されたこともあるくらいで、必ずしもミステリと無縁な作家ではない。「探偵作家になり損ねた作家」と読んでもいいのかもしれないね。実際の欠陥ザイルの問題に取材した「氷壁」を社会派ミステリで読むというのもアリのようだ。

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