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ミステリの祭典

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殺人狂時代ユリエ

作家 阿久悠
出版日1982年03月
平均点4.00点
書評数1人

No.1 4点 人並由真
(2017/04/04 10:18登録)
(ネタバレなし)
 30歳のジャズピアニスト、阿波地明。彼は、婚約者の正田玲子を寝取って淫乱な女に変えたのち、彼女を自殺に追い込んだと思しき男=「悪魔」ことマイケル・落合の手掛かりを求めて全米を渡り歩いていた。そして日々の生活のため放浪の「サムライ・ピアニスト」として西部の田舎町を訪れた阿波地はそこで喧嘩沙汰を生じ、地元の留置場に拘留される。だがその数日後、近所のドライブインで、突如精神が一時的に幼児に退行したような30歳の高校教師デーブ・オリパレスがショットガンを乱射し、多数の死傷者が出る。現場にわずかに生き残った者の中に日本人らしい少女がいたことから、看守役の中年警官スチーブ・カークの依頼で臨時の通訳を務めることになった阿波地。彼は病院でその子と対面し、相手が一年と少し前に日本から突如失踪して世間を騒がせた中学生の美少女・西村ユリエだと気づく。これが阿波地と、彼の、いや全人類の運命を変える魔少女ユリエとの出会いだった。

 巨匠作詞家として高名で、ほかにも『瀬戸内少年野球団』の執筆など各メディアで文筆活動を行った著者の初期の長篇小説で、第二回横溝正史賞(現在の横溝正史ミステリ大賞)受賞作品。先日読んだ戸川安宣の「ぼくのミステリ・クロニクル」によると、当時の選考委員の一人だった土屋隆夫は本作の受賞に猛反対、結果、前回から同スタッフを務めていた土屋が3回目から外れ、さらに本書自体も何やかんやあって前回受賞の『この子の七つのお祝いに』(斎藤澪)のようにハードカバーでなく、カドカワノベルズの形で刊行されたという。(単行本での発売だと、本の巻末にその土屋の選評を載せざるを得ないからだろうか?)
 タイトルだけはなんとなく以前から気になっていた作品だが、実際に読んでみるとやはり通例の意味でのミステリではない(広義のミステリとしてもやや怪しい)。もし万が一、土屋隆夫が<せっかく創設したばかりの横溝先生の名を冠した賞が早々とこういう方向に行くのか!>と怒ったとでもいうのなら、その心情も十分に推される感じだ。

 内容そのものも、今となっては漫画やラノベを含めてよくありがちな悪魔少女ものになっており、21世紀の現代、歳月を経て残るものがあまりない。<見た目美しい幼い少女の中の魔性>という主題自体は時代を超える普遍的なものだから、あまりそこにばかり集中した作劇をすると、当時の昭和風俗の部分以外は小説の個性として後年に読む所が少なくなってしまうのが厳しいところである。

 ただまあ、さすがにヒットメイカーの作詞家だけあって、季節の推移や情景の描写などに費やすところどころの言葉の選び方はうまい、と思った。その一方で、それまでほとんどあるいはまったく登場していないハズの劇中人物が、いきなり読者目線ですでに見知ったキャラクターのように描かれるあたりは、妙に素人っぽかったのだけれど。

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